2024年07月16日( 火 )

習政権「3期目」と国民が乗せられた“泥船”(前)

記事を保存する

保存した記事はマイページからいつでも閲覧いただけます。

印刷
お問い合わせ

ジャーナリスト 姫田 小夏

 異例の「3期目」に突入した習近平政権だが、中国では“習離れ”が止まらない。ゼロコロナ政策の終了で回復するかと思った経済もガタガタ。大学生は卒業と同時に失業し、家族持ちは住宅ローンに苦しむ。そんな習氏治世の中国からは海外逃亡者が増えるばかりだ。「中国の夢」に希望を抱いた「1期目」とは打って変わり、中国の民衆は “泥船”に乗せられた我が身を憂いている。

中国に戻って来るな

西安市 イメージ    「今、中国に帰ってきてはだめだ」──。東京都内の日本企業に勤める李さん(仮名)は、中国の友人からこう告げられた。「本帰国してもあなたが働ける場所はない」という意味だった。

 中国の失業は想像以上にひどい状況にある。昨夏、大学を卒業して日本の修士課程に留学した四川省出身の朱さん(仮名)は、自分の同級生が置かれた状況について「10人のうち5人が就職できない」と語る。

 自宅に待機する卒業生もいるが、なかには積極的な就職活動をあきらめ、激しい就職競争に打ち勝つための“箔漬け”で大学院に進学を志す者もいる。中国メディアよると、中国では2022年に1,076万人が大学を卒業したが、大学院の110万人の募集枠に進学希望者457万人が殺到した。修士や博士への進学は狭き門で、募集枠に漏れた約350万人は実質的な失業者となる。

 今年は2022年よりも82万人多い1,158万人が卒業する予定だが、ゼロコロナ政策で雇用の受け皿を失った中国ではさらに厳しい状況が予想される。

 先ごろ、陝西省西安市で2023年の新卒者を対象に合同就職セミナーが行われたが、経済学や財政学を専攻した学生に“飲食物の配達”の職務を与えようとする企業の存在に、多くの求職者が衝撃を受けた。大手を含む企業が続々とリストラを進めるなかで、新規採用者にはそれぐらいの仕事しかない、ということだ。

フォックスコンがインドに移転すればさらに失業増

 最近中国では、iPhoneの受託製造で知られるフォックスコンの河南省鄭州にある工場が閉鎖されるのではないかという噂が出回っている。

 2月下旬から3月上旬にかけて、フォックスコンの親会社であるホンハイ(鴻海)の董事長・劉楊偉氏がインドを訪問した。この間、多くのメディアが同社のインドでの新規プロジェクトの投資拡大について報じたが、一方で、フォックスコンの「中国撤退説」の信憑性がにわかに高まった。

 フォックスコンのホームページには中国の生産ラインの移管計画は見当たらず、いわゆる「中国撤退説」を裏付けるものは見て取れないが、鄭州工場で働く社員が中国のSNSに投稿した内部情報は、そうした気配を十分に漂わせていた。

 「会社側は私に山東省、湖北省あるいはインドの工場への異動を迫ってきた。もし応じないなら離職手続きをしてくれと言われた」というのがその内容だ。インターネット上には、「フォックスコンが今年第1四半期に32万人を解雇し、一部の生産ラインをインド、ベトナム、メキシコに移す計画がある」とした識者の論考も出回っている。

 米中デカップリングが進む今、生産ラインを東南アジアや南アジアに移管させる企業は少なくないが、中国から外資の撤退が進めば、さらに多くの失業者を積み増すことになる。

刑務所の服役者にも仕事がない

 3年前の2020年4月8日、「湖北省武漢市は76日ぶりに都市封鎖が解除された」とするニュースが世界に報じられた。だが、3年が経っても武漢市の経済は回復していない。

 同市出身の男性は「市内のショッピングモールはコロナ前のような活気はなく、市内のあちこちで『店舗売ります』の貼り紙を目にする。街の活気をもたらしていたのはこうした個人経営の店舗だが、コロナ以前に比べて6割も減った」と話す。

 春節前後、3年ぶりに上海に里帰りし、最近日本に戻ってきた東京在住の中国籍男性は、「街は人で溢れ、飲食店も行列ができていました。クルマも増え、観光地も多くの人で賑わっていた」と言いつつ、「あくまでこれは表面的な話」だと警戒する。

 この男性によると、「自分の取引先の工場はいずれも輸出向けの注文が減り、景気のいい工場など1つもない」という。工場の稼働が落ち込めば労働者にも影響する。深圳市の工場労働者の時給は、21年は26元(1元=約19円、22年は20元の水準を維持していたが、最近は19元前後となっている)。

 中国の刑務所では、看守役の任務に当たる男性が、SNSでこんなメッセージを投稿していた。

「ここでの服役者はアパレルや小型電子機器などの生産ラインに立たされていたが、工場がなくなった今、日中の学習活動を除けば、彼らは寝るか、食べるかしか、やることがない」

 この一文からうかがえるのは、ゼロコロナ政策により多くの中小企業がすでに消失してしまっているという惨状だ。

 ゼロコロナ政策が終了したのは昨年12月上旬のこと。中国ではこの間、厳しいロックダウンが繰り返され、各地で工場の生産が停止した。労働者の一部は故郷に帰り、一部は配達員に転身しテイクアウトの商品を配ってまわった。

 こうした状況でも、ウィズコロナになれば元に戻るのではないかと言われていた。だが、回復するどころか、事態は悪化の一途をたどっている。

(つづく)


<プロフィール>
姫田 小夏
(ひめだ・こなつ)
 ジャーナリスト。アジア・ビズ・フォーラム主宰。上海財経大学公共経済管理学院・公共経営修士(MPA)。著書に『インバウンドの罠』(時事出版)、『バングラデシュ成長企業』(共著、カナリアコミュニケーションズ)、『ポストコロナと中国の世界観』(集広舎)など。「ダイヤモンド・オンライン」の「China Report」は13年超の長寿連載。「プレジデントオンライン」「日中経協ジャーナル」など執筆・寄稿媒体多数。内外情勢調査会、関西経営管理協会登録講師。

(後)

関連キーワード

関連記事