中国・改正反スパイ法への懸念と日系企業の対応
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国際政治学者 和田 大樹
中国で今月から、ついに改正反スパイ法が施行された。9年前に施行された反スパイ法におけるスパイ行為の定義は“国家機密の提供”だったが、改正法ではそれに加えて“国家の安全と利益に関わる資料やデータ、文書や物品の提供や窃取”と大幅に拡大され、しかも“その他の行為”など曖昧な表現も依然として残り、執行機関の権限も強化される。中国情報機関トップの陳一新・国家安全相も6月、敵対勢力の浸透、破壊、転覆、分裂活動を抑え込むため、外国のスパイ機関による活動を厳しく取り締まると改正反スパイ法の施行に強い意欲を示している。
これによって、今後さらに在中邦人が拘束される恐れがある。反スパイ法ではこれまでに17人の日本人が拘束された。しかし、どのような行為が反スパイ法に触れたのかなど、当局から具体的な説明があったことはこれまでに一回もなく、判決を言い渡され、刑期を終えて日本へ帰国するケースも少なくない。また、帰国直前に拘束されるケースもあり、これについては、中国側は中国国内で得た情報を日本へ持ち帰ろうとする時を狙って拘束しているとの見方もある。
一方、こういった状況を日本企業は今どう考えているのか。筆者は先月、中国国内に駐在員を配置する日本企業関係者らと会合をもったが、やはりこの改正反スパイ法への懸念は広く共有されていた。近年、中国ビジネスにおいては脱中国依存や強靭なサプライチェーンの維持・構築など、企業の関心は“モノ(原材料や部品など)の安全”にあった。しかし、改正反スパイ法は“ヒト(社員)の安全”に関わることであり、企業はモノの安全よりヒトの安全をまず優先すべきとの認識のもと、中国駐在員や出張者への危機管理を強化している。具体的には、軍や警察施設などで写真を撮らない、公共の場、もしくは中国人とのコミュニケーションで習近平政権や台湾、米中関係、ゼロコロナなど政治性を有する話は絶対にしない、メールでもそういった内容の連絡はしないなどを社員に徹底させる企業が多く見られた。
また、なかには駐在員の数を減らすなどスマート化を進める企業もあった。とくに、中国に多くの駐在員を配置している企業の間でこういった動きが顕著で、いつどこでどんな理由で拘束されるか分からないとのことで、帯同家族を含め人員を減らす動きが見られる.今後の米中対立や台湾情勢の行方を考慮すれば、この動きはいっそう拡大していくだろう。
一方、大きなジレンマに陥り、悩んでいる企業関係者もいた。改正反スパイ法などで脱中国依存が内外で叫ばれるなか、中国依存が強い企業はプロフィットとリスクの間でどうバランスを取ればいいのかと自問自答している。規模縮小、撤退といってもそれはそれでお金もマンパワーもかかる行動であり、社員の安全を脅かす改正反スパイ法に直面しても、なかなか行動に移せない企業も多い。
企業の間で改正反スパイ法への懸念は拡大している。しかし、リスク回避へ積極的に動き出す企業もあれば、なかなか動き出せない企業も見られるが、それはそれで日本経済の中国依存を如実に示しており、そこには大きなジレンマがある。
<プロフィール>
和田 大樹(わだ・だいじゅ)
清和大学講師、岐阜女子大学特別研究員のほか、都内コンサルティング会社でアドバイザーを務める。専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論、企業の安全保障、地政学リスクなど。共著に『2021年パワーポリティクスの時代―日本の外交・安全保障をどう動かすか』、『2020年生き残りの戦略―世界はこう動く』、『技術が変える戦争と平和』、『テロ、誘拐、脅迫 海外リスクの実態と対策』など。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会など。
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