2024年12月22日( 日 )

『脊振の自然に魅せられて』「ナツエビネと山カフェ」(前)

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 脊振山直下には、お盆前に咲き始める植物が自生している。

 1つは良く知られているオオキツネノカミソリだ。福岡市早良区椎原登山口から脊振山への登山道、標高300mから800m辺りに自生している。糸島市の瑞梅寺ダム上部の水無鍾乳洞から井原山直下の水無渓谷には西日本最大規模のオオキツネノカミソリの自生地がある。この場所は、マスコミの報道もあり多くの人に知られ、開花の時期になる7月末から8月上旬にかけて、多くの登山者が見学に訪れている。

 一方、脊振山直下の車谷は水無渓谷より半月遅れて咲き始める。また、わざわざ登山道を登らないと見ることができないので、観光客で混雑するようなこともない。最近は繁殖地も広がり、花の数も20年前より多くなった。樹林帯のなかで楚々と咲く、この地のオオキツネノカミソリが筆者は好きだ。

 そんな中、夏の暑さを忘れさせるような花がある。ナツエビネだ。エビネ類は盗掘により、すっかり数を減らしている。数年前に出会った登山者から、それとなくナツエビネが自生する場所を教えて貰った。それからT先輩を誘って探しに行った。炭焼き小屋の跡にあるとの情報のみだ。また自生地は熟練した登山者のみが入れる谷筋でもある。汗をかき、何とかナツエビネを見つけ感動した。ナツエビネの咲く場所は脊振山系で数カ所しかない。それから毎年、この地のナツエビネを見にきている。

 今年は台風6号の九州接近の情報もあり、8月7日(月)しかないと仲間を誘ってみた。仲間は、それぞれ所用があり参加できるのは女性会員 Sと、その友人女性Iの2人だけだった。

 集合場所の県道136号・大門交差点横から移動し、椎原林道脇の杉林の空き地に車2台を止めた。この周辺の林道も、7月の豪雨で土砂崩れにあった。椎原の地元に住み、脊振の自然を愛する会のNに電話して詳しい道路状況を前日に確認していた。

 登山口へ続く林道は車で通行不能のままだった。林道を30分歩き登山口から沢へと並行すると登山道に入る。歩きながら、頭のなかで休憩場所をどこでとろうかと考えていた。今年の夏は異常に暑い、水分補給も欠かせない。夏用の薄手の長袖を着用しているとはいえ、歩くにつれ額から汗が拭き出す。後についてくる女性同行者2人を時どき振り返り、息遣いを確認しつつ登山道を登る。いつも同行するSの足取りは熟知しているが、同行者のIと歩くのは2度目である。こちらは Sより1回り若いのもあり心配せずとも付いてきていた。

真夏の林道を進む筆者たち(先頭)
真夏の林道を進む筆者たち(先頭)

 20分歩いて沢沿いの休憩ポイントで、顔を洗い、汗を流した。沢の淵は意外と広く休憩するのには程よい場所だ。筆者は、2人に「目の前にあるヤマボウシの樹は6月に見事に純白の花をつけていたよ」と教えた。実際、雪を被った様に純白の花が見事に咲いていたのだ。今は花をつけた樹木は、この周辺にない、沢の音と冷気がほてった体を冷やすだけである。

 車谷の登山道から脇道の荒れた林道に入る。この先はどうなっているのだろう。土砂崩れも数カ所あるはずと予測していた。5分歩くと小規模の土砂くずれに遭遇、しかし無難にやり過ごせた。

 いよいよ、枝沢の入り口にやってきた。目の前は土砂崩れで完全に林道を塞いでいた。幸い枝沢の入り口の前であったので、脇道に入れた。作業用の狭い道であり、今は人もほとんど歩かないので藪漕ぎ道になっていた。筆者が先導し、イラクサの枝を折りながら進んだ。夏場のイラクサは伸び放題で、葉や茎の棘に刺されると腫れて1週間は痛み痒みが続く。

 10分も歩くと、沢に出た。ここから脊振山直下の沢道になる。7月の豪雨の濁流で沢は大きく変化しているはず。5分も歩くと、苔むした沢はすっかり濁流で洗われ花崗岩の真新しい大きな石が剥き出しになり、幅10mの沢が50m規模の大渓谷になっていた。まるで北アルプスで見かける渓谷のようであった。何もかも不要なものは流され大規模な渓谷が現れたのである。筆者は感動しきりであった。

 幸い大規模渓谷の右側の苔むした藪漕ぎ道は残っていた。鬱蒼とした藪漕ぎ道をかき分け、目標の炭焼き跡を探す。記憶力の悪い筆者は目標を忘れることがある。足元にはヤブレガサの仲間であるニシノヤマタイミンガサがたくさん自生していた。

 歩くこと10分、それらしき苔むした石積みの丸い炭焼き小屋の跡がみえてきた。昨年、この花の撮影にきた際、使おうと思ったら途中で三脚を落としていた。肝心なときに無かったのである。周辺を探しても見当たらなかった。今年の春に純白のヤブデマリを観賞にきた T先輩が見つけて持ち帰ってくれた。三脚は雨風でいたんでいたが使える状態だった。この三脚はいま自宅にある。

 昨年、この石積みのまわりで、人がナツエビネの根を踏みいためないよう、倒木の枝で囲っていた。その倒木も苔蒸した石の周りに残っていた。炭焼きの跡のサークルとなった石積みのなかを覗くと、薄紫の淡い花が咲いていた。独特の縦縞の長い緑の葉を何枚も伸ばし、50㎝ほどの茎にイカリソウに似た花を咲かせていた。昨年より株は少なかった。茎の上部は咲き始めで、下半分は蕾であった。全部咲くと、100個ぐらいの花を付けると思われた。仲間で順番にスマホで撮影をする。アングルは撮る人それぞれである。この山深い人も訪れない薄暗い場所で毎年、同じ時期に花を咲かせるナツエビネ。植物は体内時計をもっているのだろうかと、植物の不思議さに感心する。

ナツエビネを撮影する筆者  撮影S
ナツエビネを撮影する筆者  撮影S
ひっそりと咲くナツエビネ  撮影S
ひっそりと咲くナツエビネ  撮影S

(つづく)

脊振の自然を愛する会
代表 池田友行

(後)

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