伊藤忠のビッグモーター買収 軍師はジェイ・ウィル・パートナーズ(前)
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「軍師」とは、軍の最高司令官が行う指揮に、戦略・戦術を提案、補佐を務める者。知将や策士とも呼ばれる。戦国時代は「軍師」が活躍した。豊臣秀吉における竹中半兵衛や黒田官兵衛、武田信玄の山本勘助は軍師としてお馴染み。現代は、切り取り自由のM&A(企業の合併・買収)の戦国時代。「軍師」を生業とする企業再生ファンドにスポットを充てる。
伊藤忠が二人三脚でビッグモーターを買収
伊藤忠商事は5月1日、保険金不正請求事件で経営危機に陥った中古車販売大手、ビッグモーター(BM)を買収し、主要事業を承継する新会社「WECARS(ウィーカーズ)」を発足させた。
買収には、伊藤忠の子会社でガソリンスタンド事業などを手がける「伊藤忠エネクス」と、企業再生ファンドの「ジェイ・ウィル・パートナーズ」(JWP)が加わった。WECARSは、BMの全国の約250の全店舗と約4,200人の従業員を引き継いで再建を目指し、BMの創業家や旧経営陣を完全に切り離すかたちにした。法令を軽視する企業体質をつくった創業者の兼重宏行・前社長と長男の宏一・前副社長を排除しなければ、傷ついたブランドイメージを回復できないためだ。
新会社の出資額と取締役はJWPが過半を占める
伊藤忠がホームぺージに開示した買収スキームによると、伊藤忠は新会社WECARSのオーナーではない。主役は企業再生ファンドのJWPだ。
新会社の出資構成は、特別目的会社(SPC)の2段階方式。伊藤忠が51%、伊藤忠エネクスが49%出資してSPC1を設立。SPC1が49.9%、JWPが50.1%出資してSPC2を設立。SPC2がWECARSの100%株主となる。3社の出資額は計400億円。
新会社の社長には、英タイヤ小売最大手を立て直した経験などを持つ元伊藤忠商事執行役員・田中慎二郎氏が就いた。取締役7人のうち4人がJWP。新会社の出資額と取締役はJWPが過半数を占める。新会社はJWPの会社なのだ。伊藤忠は3年目をめどにJWPからWECARSの株式を取得し完全子会社化する方針だ。
旧会社はJWPが引き継ぐ
新会社の設立にともない、BMは債務処理や損害賠償への対応などにあたり、社名は「BALM(バーム)」に変更された。その際、BMの全株式をもっていた創業家の資産管理会社ビッグアセットは特別目的会社(SPC)に全株式を譲渡した。譲渡額は、実質、無償に近かったと伝えられている。JWPがSPCを買収し、BMの存続会社バームの100%株主となる。
伊藤忠や同社子会社、再生ファンドの3社が新会社に出資する400億円の一部がBALMに支払われ、負債返済の原資となる。さらに、創業家はBALMに100億円を資金提供する約束で、伊藤忠なりに、兼重宏行・宏一親子の創業家一族にケジメをつけさせたわけだ。
創業者の兼重氏は、1976年に山口県岩国市で中古車買い取り業を創業。中古車の販売から整備、車検、保険に至るまでのサービスを担うことで、業界最大手に成長した。一代で富を築いた成功の証であった「東京目黒の500坪の大豪邸」「高級避暑地軽井沢の豪華別荘」は、100億円拠出の担保に取られたと取り沙汰されている。
JWPは「企業再生」、伊藤忠は「事業再生」を担う
伊藤忠によるBM買収のスキームは、直接、伊藤忠が買収して完全子会社するわけではない。いったん、企業再生ファンドのJWPをかませて、ワンクッション置く。これまで、問題企業の買収の場合、会社更生法など法的処理した後に再建スポンサーになるのが一般的だったが、その場合は、管財人が金融機関に大幅な債権放棄を求めるので、金融機関にはメリットがない。金融機関の賛成を得られやすい私的整理を取り入れた。
その役割分担はこうだ。BMは不正発覚後、毎月赤字で資金流出が続いているが、止血したうえで黒字転換させ、金融機関から安定した融資を受けられる環境を整えるのがJWPの役割。伊藤忠はその成果を見届け、JWPから株を買い取る。つまり、JWPは「企業再生」、伊藤忠は「事業再生」の役割を担っているということだ。
(つづく)
【森村和男】
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