【業界を読む】高収益を上げる福岡生コン業界(前)2009年、需要減の衝撃と組合の迷走
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福岡の生コン業界は近年、組合販売価格の立て続けの値上げに支えられて高い収益を上げている。だが、値上げを実現させた組合の結束にたどり着くまでには、長い困難な道のりがあった。福岡地区生コンクリート(協)が今日の鉄の結束に至り、共存共栄をはたすまでの前史を振り返る。
県内出荷量が3分の2に縮小 2008~09年の衝撃
福岡県内の生コンクリートの出荷量は、データが残っている1994年以降では、同年の683万m3をピークとして徐々に減少し、2003年と04年には500万m3割れしたものの、その後、05~07年は500万前後をキープした。これは1994年比で73%にあたり、10年で4分の1の需要が失われたことになる【図】。
だが、衝撃を与えたのは08~09年だ。07年6月に建築基準法改正が施行され建築確認・検査の厳格化が図られたことで建設着工の遅れが多数発生、さらに08年9月のリーマン・ショックによって建設需要が激減し、同年の福岡県内の生コン出荷量は404万m3、翌09年の出荷量は308万m3まで減少し、07年比で61%となった。わずか2年間で3分の2以下まで出荷量が落ち込んだことになる。その後、23年に至るまでギリギリ年間300万m3の出荷量を10年以上にわたって死守し続けているというのが、福岡県内の生コン出荷量の現実だ。
現在まで低迷を続けている生コン需要に直面した生コン業者の経営はどうなのか。福岡地区を代表する生コン業者の1つ野方菱光(株)(本社:福岡市西区、林慶太郎代表)の業績推移を見てみる。
【表1】で売上高の推移を見ると、14年8月期に14億円弱まで売上を伸ばした以外は、おおよそ10億円台から多くても12億円台までで推移していた。ところが、22年8月期に15億円台まで伸び、さらに23年8月期は19億円台まで伸びている。
理由は、福岡地区生コンクリート(協)が設定する販売価格を見るとわかる。【表2】のように近年販売価格の値上げが続いており、これが生コン業者の業績に大きく影響している。
だが、ここでもう1つの疑問が湧いてくる。建築基準法改正とリーマン・ショック後の08年から09年にかけて2年間で39%も出荷量が落ち込んだ時期が最も苦しかったとすれば、なぜこの時期に値上げが行われなかったのか。そして、18年に突如として立て続けに値上げを実施し、23年4月には1万9,000円/m3まで上昇したのはなぜか。
協同組合とは何か 合法的価格カルテル
まず基本的な知識として、生コンクリートの販売価格を決定する協同組合とはどのようなものかについて確認する。
生コンクリート協同組合(生コン協組)は中小企業等協同組合法に基づいて設立・運営される法人だ。中小企業を中心に組織された生コン協組が設定する価格は、独占禁止法で禁止されているカルテルの適用から除外され、地域別に協同組合を組織し、統一販売価格を設定して製造や販売を行うことが法的に認められている。
福岡県の生コン協組は、北九州広域、田川、飯塚、両筑、筑後そして福岡に分かれている。生コン協組は、生コンの製造を組合として受注し、組合の各工場から配送先への距離を加味しながら、組合員のシェアに応じて割り当てを行う。組合への加入は任意で、組合に加わらず自ら受注・販売を行う企業も存在しアウトサイダーと呼ばれる。アウトサイダーは各地区ごとに呼ばれ、たとえば、福岡地区の組合員でも、北九州に越境して販売すれば北九州の組合からはアウトサイダーと呼ばれる。
では、なぜ生コン業者は、組合を結成してカルテルを結ぶことが認められているのか。それは生コンの製品特性と関わりがある。
地域密着の生モノの建設資材
中小企業が参入しやすい産業生コンは建設資材として建築から土木まで幅広く使用される。原料にはセメント、砂、砂利、混和剤が用いられ、これに水を加えて混ぜると、セメントに含まれる成分が水と化学反応を起こし、硬化してコンクリートになる。生コン工場で原料と水を加えた時点から硬化を始めており、コンクリートとして適切な品質で施工されるには製造後90分以内に使用されなくてはならないことがJIS(日本工業規格)で決められている。
このように生コンはつくり置きができず、製造後極めて短時間で使用されなくてはならないため、長距離の輸送が難しい。日本各地で行われる建設工事の需要に応えるために製造工場が各地に点在しており、建設現場に配達可能な生コン工場から使用直前に配送される。地域ごとに供給と消費が行われる地産地消の工業製品であり、地域ごとに市場が存在するため、地元に根ざした企業に優位性があり中小企業に有利である。また、生コン製造の設備はほかの重工業などに比べて初期投資が比較的少なく済むことや、JISで規格が定められている通り、特別な技術や高度な研究開発を行わずとも製品をつくることができるため、中小企業でも参入しやすい。
一方、建設需要は季節および景気の影響を強く受けるが、生コンはつくり置きができないため、建設需要の変動に直接大きな影響を受ける。
そこで、中小企業が多く存在する生コン業界の健全性を維持するために、過度な競争による価格崩壊や供給不安を防ぐ措置として、地域ごとに協同組合を結成して統一的な販売価格を設定することが法的に認められている。結束なき組合の動き 団結なくして値上げなし
このように価格カルテルが合法的に認められているのであれば、なぜ生コン需要が急減少した08年に値上げに踏み切れなかったのであろうか。
福岡県内の生コン出荷量が500万m3前後で維持されていた07年段階では、福岡地区生コン協組の組合外工場は2社。その2社とも員外利用協定を結び、組合統一の販売価格は2000年以来の1万500円/m3で安定が保たれていた。
08年に急激な需要減とともに、生コン原料のセメント価格が値上がりした。それにともなって福岡地区生コン協組は組合価格の値上げを検討した。ところが、このときに組合員は意見の一致を見ず、値上げは見送られている。理由はアウトサイダーの存在だ。
再度【図】を見ると、07~09年の福岡県全体の生コン出荷量は先述の通り3分の2に落ち込んだが、福岡地区生コン協組の出荷量は07年の195万m3から、09年の101万m3へとほぼ2分の1に落ち込んでいる。福岡地区の出荷量が比較的に大きく落ち込んだ理由の1つが福岡地区のエリアに対してエリア外のアウトサイダーが売り込む越境行為によるものだ。福岡地区のおよそ20%、09年の出荷量で換算すると、約25万m3をアウトサイダーに取られていた。
アウトサイダーの生コンが売れる理由は価格だ。当時組合は販売価格を1万500円/m3で設定していたが、アウトサイダーは最も安くて7,000円/m3で販売していた。
組合はそのようなアウトサイダー対策に乗り出す。09年10月、組合は「サンマル(30)プロジェクト」を開始した。組合工場から現場への納入を原則30分以内とすることをかかげて生コンの高品質を謳った。福岡市外から越境してくるアウトサイダー対策である。しかし、この30分以内輸送という案が出ていたのは1年以上も前であり、この点でも組合内の意思統一の難しさが露呈していた。
組合の抜本改革案 林宗一氏の「協同経営」案
アウトサイダー対策も必要だったが、根本的な問題は需給バランスである。つまり、生コン工場が多すぎた。これは全国的な問題で、全国生コンクリート工業組合連合会は、生コン需要の急激な落ち込みで需給ギャップが拡大し生コン業界全体の健全性が揺らいでいるとして、09年に生産集約化を柱とする「構造改善事業」の方針を打ち出した。これと歩調を合わせて経済産業省・中小企業庁も商工中央金庫を通して、生コン工場の集約化資金の貸出し手続きの迅速化を図って後押しした。
このような全国的な動きに合わせて、福岡地区生コン協組でも工場集約が課題とされた。しかし、生コン業者は多くが1社1工場の中小企業である。組合全体の需給調整のために自ら進んで廃業に同意する事業者はいない。また、急激な生コン需要の減少は地区内での現場件数の偏りを生じており、組合からの割当に対する不満や不平等感が組合員の内部にもくすぶっていた。それが余計に組合の団結を阻んだ。
そのように意見の一致がとれない組合の現実に対して、組合の抜本的な経営革新を提唱していたのが、福岡地区を代表する生コン業者、野方菱光を有する林グループの林宗一氏だ。林氏は、福岡地区生コン協組が生き残るには、最終的にエリア内の生コン製造工場を個別経営から協同組合経営型に転換して、仕入・製造・輸送・品質管理の業務を協業化する必要があると訴えた。そして、組合員への割当としてこれまで各工場へ「量の分配」を行っていた方式を、組合員に対する「利益の分配」に切り替えることを提唱した。
これまでのやり方では工場ごとのシェアに基づく量の分配にこだわることによって、無理に遠い工場からの配達も発生しコスト高となり結果として組合価格が高くなることが避けられなかった。製造を協業化すれば、工場ごとのシェアにこだわらず、現場へ最も近い工場から配送することでコストカットし、利益を最大化できる。
もう1つは輸送の協業だ。生コンを配送するアジテータ車を各生コン製造工場が管理するのではなく、工場とは別の集中配送会社が一括して管理し、各工場からの出荷に対して配車する。
林氏はこのように組合工場全体で経営効率化を図り、最終的な利益を分配することを前提とする組合経営として「1社40工場体制」の実現を提唱した。
林氏がこれらの提案を積極的に行ったのは、林グループとして複数の生コン工場を運営し、運送部門を飯盛運輸(株)として別組織化するなど、自社グループで同様のノウハウを蓄積していたことにある。林グループではこの輸送方式によって、約20~30%のコスト削減が可能であるとしていた。
だが、この提案は結果として実現することはなかった。理由はいくつも考えられるが、提案の狙いが経営効率化だけでなく、経営そのものの一体性を求めたことに対して反発があったことや、同時にアウトサイダー問題の解決策として組合への取り込み交渉も行っており、組合員の間で意見も方針も一致していなかった。
ぬるま湯の組合営業とアウトサイダーの営業力
だがアウトサイダーの存在感が大きかったのは価格の安さばかりではない。アウトサイダー企業は営業力に定評があった。そのうちの1社が(株)坡平産業(現・(株)サカヒラ)である。
同社は代表自身がマメにゼネコン・工務店などを回って営業活動を行っており、その結果、得意先からの信頼を得ていた。一方の協同組合は組合としての共同受注とシェアに応じた割当となるため、自身の食い扶持を自分で稼がなくてはならない切迫感に欠け、営業努力も経営努力も疎かになる。要するに組合は「ぬるま湯」だという批判である。
このような組合の体質については内部からも批判の声があり、組合員内の実力者である林宗一氏のように全工場の組合経営という急進的な意見もあれば、他方では、組合工場の集約化が進まない現状に対して、組合を解散して各自が営業努力で生き抜くようにすれば自然淘汰によって適正な工場数になるだろうという意見もあった。
実質価格9,500円まで下落 アウトサイダーの取込み交渉
組合内の対応がまとまらないなか、アウトサイダーの価格攻勢によって、11年にはついに組合の販売価格が9,500円/m3まで下落した。
これに対して福岡県生コン協組は、アウトサイダーの取り込み交渉に力を入れる。エリア内のアウトサイダーばかりではない、坡平産業を含む飯塚地区の6社に対してもまるごと福岡地区への加入交渉を始めている。そして、加入を実現させたあかつきには、1万3,000円/m3への値上げを行うことまで目論んでいた。
しかし、実際には加入も値上げも実現せず、13年に1万500円/m3への値戻しが行われたのにとどまった。ちなみに同年の九州内の他地区は、長崎が1万4,400円/m3、大分1万1,250円/m3、鹿児島1万5,000円/m3となっている。
アウトサイダーに対する対策も、組合内の意見の一致も見えないなかで、組合の内部からは強いリーダーシップを求める声が挙がっていた。
次編では、各アウトサイダーの動きと、組合の大同団結に至る過程を振り返る。
【寺村朋輝】
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