傲慢経営者列伝(7)ファストリ柳井会長 日本一の富豪の「事業承継」と「相続」(前)
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「息子を社長にするのは、いつでもできる。だが、経営者にすることはできない」。ダイエー創業者、中内功はこんな言葉を遺した。けだし名言である。創業者は等しく、中内と同じ悩みを抱えている。功成り、名を遂げた立志伝中のカリスマ経営者が晩年に最も頭を悩ますものは、「事業承継」と「相続」の問題である。世襲か脱世襲か、莫大な相続税をどうするかだ。日本の億万長者はその難問をいかにしているかを論じていく。(敬称略)
史上最高の遺産を遺したのは「経営の神様」松下幸之助
日本で史上最高の遺産を遺したのは、「経営の神様」といわれたかつての松下電器産業、今のパナソニックホールディングスを創業した松下幸之助。1989年4月に94歳で亡くなった際に遺した財産の総額は約2,450億円。これが我が国史上最高額の遺産といわれている。遺産の約97%以上がパナソニックとそのグループ会社の株式だった。
遺産を相続したのは7人。妻以外の女性との間にもうけて認知した4人の子どもが含まれていたことで、当時、大きな話題になった。このときに、松下家が納税した相続税は854億円。これは松下家が保有していた株を松下グループに930億円で売却して調達したと言われている。だが、松下家は圧倒的な株主でなくなり、お家騒動を経て、松下家が執念を燃やしていた三代目は社長になれなかった。
相続税額トップは、ブリヂストンを創業した石橋正二郎の長男で、二代目社長の石橋幹一郎。97年6月、77歳で亡くなった際に遺した遺産の総額は1,646億円。そして遺産にかかった相続税が1,135億円。実に遺産の69%が相続税で消えたことになる。
先人たちが、莫大な相続税を払ったため、創業者はいかにして相続税を少なくするか知恵を絞った。
日本一の大富豪・柳井正の資産額は5.9兆円
米経済誌フォーブスがまとめた『日本長者番付』(2024年版)によると、資産額首位は、カジュアル衣料ユニクロを展開するファーストリテイリング(以下、ファストリ)の柳井正会長兼社長で、資産額は380億ドル(約5兆9,200億円)だった。
資産のほとんどは保有しているファストリの株式。ファストリの株式の時価総額は15.2兆円(9月20日終値時点)で、国内第7位。小売業では断トツの首位だ。
柳井正は1949年2月、山口県宇部市で生まれた団塊の世代。地元の宇部高校から早稲田大学政経学部に進んだ。柳井は“変人”である。高校時代についたあだ名は「山川」。人が山といえば、川と答えたからだ。他人とは同じことはしない。これは事業人生で貫いている。
柳井は72年、父親が土建業の傍ら、山口県宇部市で経営していた紳士服販売店に入った。「人づきあいが苦手な息子は土建業に向かない」と判断した父親から店を任されたのである。柳井はここで商売の面白さに目覚めた。柳井正の原風景である。
他人と同じことをしない“変人”の柳井は、小売業の常道である仕入れて販売する商売をしない。柳井はSPAに開眼した。SPAとは自ら製品を企画して、委託生産させ、チェーン展開した自前の店で、それを売る小売業のことだ。ファーストリテイリングの名称は、「速い小売業」の意味で、チェーン店の名称が「ユニクロ」。ユニクロの大成功で、柳井正は日本最大の大富豪へと駆け上がっていったのである。
長男・次男を後継社長にはしないワケ
ファストリは2018年11月に開催した株主総会で、柳井会長兼社長の長男・一海(1974年4月生まれ)と次男・康治(77年5月生まれ)が取締役に就いた。
長男の一海は、国際人に育てるため外国で教育を施した。スイス公文学園高等部から米ボストン大学に留学。同大学院でMBA(経営学修士)を取得した後に、米金融大手ゴールドマン・サックスに入社。投資銀行部門を経て、米リンク・セオリーに入社。リンク・セオリーは百貨店を中心に「セオリー」ブランドを展開しているアパレル会社。日本法人のリンク・セオリー・ジャパンは女優・萬田久子の内縁の夫だった故・佐々木力が社長を務めていた会社だ。
2009年7月、ファストリがTOB(株式公開買い付け)で、リンク・セオリーを完全子会社に。一海は11年11月、ファストリの子会社リンク・セオリー・ホールディングスとリンク・セオリー・ジャパンの会長に就任。12年にファストリ本体の執行役員になった。
次男の康治は横浜市立大学卒。三菱商事に入社し英国に駐在。12年9月にファストリに入り、翌年執行役員に抜擢された。ユニクロで販売戦略の責任者を務めていた。
「絶対に世襲はしない」──。かねてから、そう宣言してきた柳井正だが、世襲への布石と受け取れる人事を打ち出した。
「2人が経営者になるということではない。私がいない場合でもガバナンス(企業統治)がきくという意味」。都内で開いた決算会見で、柳井はこう強調した。
経営には力仕事が必要だが、長男や次男には力仕事は不向き。長男や次男は経営を執行するより、会長や副会長の立場から会社のお目付役となると説明した。「資本と経営」を分離し、子どもたちには資本を継承させるということだ。
(つづく)
【森村和男】
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