九州の観光産業を考える(26)南阿蘇・石垣のツラ構えが村々の誉れ
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「Gマーク」に期待
優れた取り組みを顕彰・表彰する仕組みは、数々ある。ミシュランガイド本のレストラン評価が良い例だろう。☆が付く店はどうしたって気になる。懐具合が許し予約がとれ、同伴のパートナーがいれば、その設えに身を浸し、舌鼓を打ってみたい。食前酒を正しく選び、テーブルマナーを粗相なく完遂したなら、栄誉の末席に浴したことを大いに吹聴する。
(公財)日本デザイン振興会が主催する「グッドデザイン賞」も、そうした希求力や発信力をもたらす誉れの1つだろう。この賞は工業製品からビジネスモデルやイベント活動など多数の部門があり、デザインの優れた物事に贈られる。受賞対象は耳目を集めるに値し、活用を促す効能が期待される。
熊本県南阿蘇村の石垣が「歴史的石垣の再生;南阿蘇村川後田地区の石垣」としてグッドデザイン賞にエントリーし、受賞をはたした(2024年度の公共空間/土木/景観部門 受賞番号:24G151282/写真参照)。
南阿蘇村の村々に残る石垣は、城壁を成すような威風堂々の石積みではなく、暮らしのなかで長年身近にあったものだ。地域で循環可能な石だけで組まれている。集落ごとにテクスチャーを変える理由は、川石か山石か、阿蘇山の噴火で多様に生成された岩質の違い、そして石を積んだ先人たちの技法による。滲み出る“らしさ”が、村人の知恵と歳月を感じさせる。
戦略の見直しを
そうした地域の特徴を集落ごとに表す歴史的石垣文化をこそ、世界文化遺産登録へ足踏みを続ける阿蘇が強くアピールすべき価値ではないのか、というのが、24年10月に開催された阿蘇学会シンポジムのパネルディスカッションのキモと理解する。
熊本県による阿蘇世界文化遺産登録推進オフィシャルHPを見ると、カルデラ火口内に約6万もの人々が暮らしていること、火山由来の地形や植生、歴史的遺物、そして代表的な観光資源とされているものの総ざらい的な推し活サイトのようにうかがえる。筆者は、足元の埋もれた価値に光を当て切れていない従前の視座が、推挙リストに今一歩迫れない理由ではないのかと推量する。一般的には多くの評価、支持をいただく現有の資源ではあるが、24年7月時点で世界遺産が文化遺産952件、自然遺産231件、複合遺産40件を含む1,223件(うち日本は文化遺産21件、自然遺産5件の計26件)に上り、もしかして飽和状態にあるなか、新たに上積みして世界遺産へ列せられるにはSDGsの要素を強く訴求する戦略が今や不可欠と考える。
阿蘇学会のパネリストを務めた樋口氏と小林氏が訴えたのは、地域住民が長い年月のなかで築造してきた石垣が村々で異なる様相を見せながら、まさにSDGs的観点に適い、地域景観を下支えしていること。そして、そうした石垣文化をエコツーリズムの手法で顕彰し、ごくごく小さいながら信念の通った循環型経済として成立させ、守り育てていくことがICOMOSの琴線に触れるのではないか、ということである。グッドデザイン賞の審査委員の評価コメントにも、エコツーリズムのプラットフォームで人的資源を耕すことの重要性が挙げられている。
フランスの「ZAC」
南阿蘇村の石垣を、地域に特徴ある景観をもたらしている資産として地域に永続的に根付かせていくには、開発事業者や地域住民、行政の理解と実行が欠かせない。景観緑三法の威光は薄く、全国の景観条例も金太郎飴的なぼんやり規制が多い。誇らしい地域景観がなし崩し的に失われてきた我が国土を眺め渡せば、今さらどうにも戻しようがないと思えるが、街中の限られたエリアに象徴的な景観を人為的に再築誘導し、生かすことはできそうに思う。民俗村や映画セット、テーマパークとはもちろん違う。
そこで頭に浮かぶのが、フランスの都市政策のZACである。ZACとは「Zone d’ Aménagement Concerté」の略で、日本語では「協議整備区域」と訳される。浅学の筆者ゆえ詳述は控えるが、要は「望ましい街の構図、景観を基礎自治体があらかじめ定めおいたエリアで追求すること」だ。少し付け足すなら、開発事業者は事前に計画を行政や住民に諮り、集約された意見を計画に反映させ、エリア全体の統合性を守るなかで個性を発揮し得る。個別開発の設計者とは別に、行政が選任する「調整役建築家」という役どころが起用されており、この職責がエリア全体を俯瞰し、街の未来図を見通し、現下の個別案件を調整していく。結果、当該エリアは統制の取れた街の風情を保ち、発展していく図式となる。事実、フランスのリゾート地ではそうした開発誘導施策により、惚れ惚れする集落の風景地に触れることができる。そして不動産価値は保たれる。
筆者はこのZACが、個性ある景観の保持、そして住民の心意気堅持に有効だと考える。他を圧し、いかに目立つか、どう経済性を優先させるかといった要素が幾層にも重なり合い、我が国の浸食し合う街の再開発の様相のただなかに、特定のアイコンを生きながらえさせるには、住民合意のシンボル空間が理解を得やすいのではないだろうか。
小さくとも濃密な“らしさ”が宿る居住生活エリア。思い描く阿蘇の風景は、帰路、雨に煙っていたな。
<プロフィール>
國谷恵太(くにたに・けいた)
1955年、鳥取県米子市出身。(株)オリエンタルランドTDL開発本部・地域開発部勤務の後、経営情報誌「月刊レジャー産業資料」の編集を通じ多様な業種業態を見聞。以降、地域振興事業の基本構想立案、博覧会イベントの企画・制作、観光まちづくり系シンクタンク客員研究員、国交省リゾート整備アドバイザー、地域組織マネジメントなどに携わる。日本スポーツかくれんぼ協会代表。月刊誌 I・Bまちづくりに記事を書きませんか?
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