元事件記者風情が初めて著書を出して思うこと(3)

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朝日新聞元編集委員 緒方健二 氏

 初めまして、緒方健二と申します。いま66歳です。まごうことなき高齢者です。約40年間の事件記者生活の後、短大保育学科に入学し、保育士資格や幼稚園教諭免許などを取りました。2024年12月に初の著書『事件記者、保育士になる』(CCCメディアハウス)を上梓し、NetIB-Newsでもご紹介いただきました。旧知の同社代表取締役会長、児玉直さんからのご依頼で駄文を連ねます。

子どもがいとも簡単に殺される

 子どもが犠牲になる事件もたくさん取材しました。誘拐されて殺される、虐待されて命を落とす。なんの落ち度もない子どもが犠牲になる背景を取材し、再発防止策をいくら書いても事件は後を絶たない。
 いったいこの国の大人は何をしているのか。子どもを守るにはどうすればよいのか。
 そんな怒りや疑問が短大入学の動機のように思います。

 とんでもない不祥事を起こす警察官もいますが、当方が接した警察官はたくさんのことを教えてくれました。

 「殺された被害者の無念を晴らすのがおれの仕事。加害者を特定、逮捕するまでは家に帰らねえ」
 「贈収賄は被害者なき犯罪なんかじゃねえ。地道に働き、税金を払う人々こそが被害者だ。賄賂をもらって一部業者にだけ便宜を図る公務員は極刑に値する」
 「わが子を虐待する親はいろいろな問題を抱えている。わしらは親を逮捕することはできるが家庭環境の改善までは手が回らない」

短大保育学科に乱入

 子どもを守るには子どもについてのあれこれを体系的に学ばなければならない。そう考えて2022年4月、短大保育学科に入学しました。新入生約90人のうち男子は当方を含めわずかに7人でした。圧倒的多数は18歳の女性です。
 当時63歳の当方の戸惑いよりも、若い皆さんの戸惑いのほうが大きいに決まっています。

 そこで若い皆さんと接する際の言動規範「野獣諸法度」を定め、自らに課しました。
 5か条から成りますが、最重要事項は「女子学生には徹底して紳士的に振る舞う」です。いろいろなご意見もあるでしょうが、男子たるもの女性は徹底して守り、尊敬し、不快な思いをさせてはなりませぬ。

 短大入学を知った口さがない知人らは「若い女性と仲良くなるのが動機だろ?」とにやにやしながら疑いの目を向けます。

 いいえ、違います。子どもをめぐる専門的知識を習得するためです。そう反論しても通じません。当の学生たちだって「なに、この反社会的勢力風のおっさん」と訝しむに決まっています。

 警戒心を解いてもらうために、女子学生と会話する場合は敬語で、お名前を呼ぶ際は姓名の姓に「さん」をつける、ピアノやお遊戯でご教示いただいたら言葉によるお礼にとどめずお菓子を差し上げる、と決めました。
 これらを遵守しているうち、女子学生の皆さまは「ともに学ぶ仲間」と認識してくださり、ピアノやお遊戯を優しく丁寧に教えてくださいました。ただただ感謝です。
 彼女らが当方にどう接してくださったかは本書に詳しく書きました。ご覧ください。

若者から学んだこと

 24年3月に無事卒業しました。同級生の支えがあってこそです。彼ら彼女らは、当方と同様に「子どもを守りたい」と思い定めて入学してきました。

 菅原文太さん風の風体の当方にも恐れることなく近づき、あれこれと話しかけてくれます。新聞記者として社会をどう見たか、についても耳を傾けてくれます。貪欲な知識欲と、まっすぐに生きようとする姿勢に胸を打たれました。ろくでもない大人が、とんでもない社会にしてしまっているのが現状ですが、「若い人たちが何とかしてくれるかも」との期待がもてました。

 卒業時に寄せてくださった文集で彼女たちは「先生たちよりも緒方さんから学ぶことのほうが多かった」「緒方さんのような人と2年間過ごせてよかった」とおっしゃってくれました。これも本書で紹介しています。
 忖度とお世辞とは知りつつも、うれしくなりました。

 世代や考えの異なる人々と接する機会や場は、どなたにでもあるはずです。わかり合う努力は必要です。わかり合えなくても節度と礼儀と敬意を忘れずに接すれば、互いに何かを得られることを確信しました。

(つづく)


<プロフィール>
緒方健二
(おがた・けんじ)
1958年生まれ。毎日新聞社を経て88年朝日新聞社入社。西部本社社会部で福岡県警捜査2課(贈収賄)・4課(暴力団)、東京本社社会部で警視庁捜査1課(地下鉄サリンなどオウム真理教事件)・公安、国税、警視庁キャップ(社会部次長)5年、社会部デスク、編集委員(警察、事件、反社会勢力担当)、犯罪・組織暴力専門記者などを歴任して2021年退社。22年に短期大学に入学し、24年卒業、保育士資格などを取得した。

 NetIB編集部では『事件記者、保育士になる』を改めて5名さまにプレゼントする。応募の詳細は「事件取材の鬼が驚きの転身」を参照。
 データ・マックスは近々、著者との交流の機会を設ける予定にしております。卓話など形式は未定ですが、改めてお知らせいたします。

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