出生数激減と子ども国債・教育国債──日本消滅のイーロン・マスク発言を笑えるか

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元世界銀行グループMIGA長官
井川紀道 氏

日本の人口減少 イメージ    イーロン・マスク氏は、2022年5月に、このままの人口減少のトレンドが続けば、日本は存在しなくなると警告している。確かに出生数の推移をみると、1970年代前半で200万人であったが、2016年に初めて100万人を切り、19年に90万人、22年に80万人を割った。さらに24年には70万人を下回ったと見られる。これは23年の国立社会保障・人口問題研究所の予想よりも19年早いペースである。また僅か9年で出生数が3割減少するという恐ろしい事態でもある。出生数の減少は15年までは年1%程度であったが、16年以降は3%超の減少に加速し、とどまるところを知らない。出生数が70万人を割ったことは、100年後の日本の人口が最大で7,000万人ということである。

 日本の合計特殊出生率は15年に1.45まで回復していたが、その後年々低下の一途を辿り、23年には1.20まで低下した。人口を安定させるにはいずれ2.07への回復が必要であり、急激な出生数減少をコロナのせいにはしていられない深刻な事態である。

 人口減少にはいい面もあるとか、結婚と出産は若者の人生の選択の多様化の結果といい切れない深刻な問題が生じている。結婚と出産をしたくとも、経済的・社会的要因により実現できない若者が増えていることだ。また、このままでは日本が経済的、社会的に成り立たなくなり、教育機関・文化施設の崩壊、財政の持続性の破綻に向かっていることも問題だ。

 個々人の結婚や出産、子育ての希望実現を阻む要因は社会的な要因を含め複雑に絡み合っているが、最近の出生数のあまりに急激な低下は、経済的理由による出産意欲低下が大きな要因と思われる。日本総研藤波匠上席主任研究員は少子化加速の主因は婚姻率の低下でなく、若者の出産意欲の低下にあるとする。15年までは非婚が進む一方で、結婚した人は子を生むことが多かったが、16年以降は結婚した人も子を産まなくなったと分析する。

 一方、非婚化の進展については全般的な傾向であり、「少子化社会対策白書」2020年によれば、39歳までに結婚する男性の比率は1990年の80.9%から2020年には65.5%に低下。女性は92.5%から76.4%に低下している。慶応大学の大西広名誉教授は労働者の貧困が人口減の根本原因であるとし、非婚化については、非正規労働者の場合50歳時点でも男性の有配偶者率が40%に満たないこと(20年国政調査)に着目している。この結果、我が国の結婚数は1970年代後半から2000年ごろにかけて概ね70万人で横ばいに推移したが、それ以降、減少に転じ、コロナ禍で減少が顕著になり、23年は90年ぶりに50万人を割った。

 こうしたなかで、政府も手をこまねいていたわけではない。22年の出生数80万人割れを受け、岸田前総理は「社会機能を維持できるかの瀬戸際」と強調し、「異次元」と銘打った子ども・子育て政策の拡充を検討。少子化と人口減少の課題に対して「こども未来戦略」(23年12月閣議)を策定し、令和10年度までの総額3兆6,000億円(国・地方合計)の施策充実と安定財源確保の枠組を決定した。こども家庭庁予算も令和4年度(21年)4.7兆円が令和7年度(25年)6.3兆円に増加された。とりわけ、児童手当の拡充では、所得制限を撤廃、高校生年代まで延長、第3子以降は月額3万円(第1子は月額1.5万円と1万円)に引き上げた。また、妊娠・出産時からの支援、高等教育の負担軽減、保育所、育休等の支援強化を行った。出産一時金も42万円から50万円に引き上げられた。

 にもかかわらず、出生率の減少が加速化し、歯止めがかかる兆しがないのはどうしたことであろうか。根強いインフレと実質賃金減少により将来にわたり生活不安が解消されないこと、施策の内容が政策の期待する国民の行動変容を促すには不十分なこと、施策の内容が十分であるが情報の非対称により国民に十分浸透されていないこと、などが考えられる。

 そこで注目されるのが、国債を財源とする子ども・育児対策、教育予算の拡充の提案である。国民民主党の提唱する5兆円の教育国債に啓発されてか、22年以降、子ども1人の誕生に対して、1,000万円の給付を提言するエコノミスト(成田悠輔イェール大学助教授、崔真淑元大和証券等)も出てきている。そして、財源は国債にし、子ども1人の誕生に1,000万円給付しても、生涯所得(数億円)からの税収(数千万円)は、それをはるかに上回るという論議をしている。(日本人の生涯賃金は大卒・大学院卒で男性2.7億円、女性2.16億円:労働政策研究・研修機構 17年による)。

 また、法政大学の小黒一正教授は24年に行動経済学の視点からインパクトのある施策として、第3子以降誕生に限定した1,000万円の給付とその財源の原資としての子ども国債を提言している。政策効果を見極めるためとりあえず5年間として、皆があっと驚く1,000万円を給付することになれば、話題を呼び、第3子以降を設けようという機運が高まる。年間10万人の第3子以降が誕生しても、経費は1兆円に限られる。

 一方、人口減少はそれ自体で財政の持続性を揺るがすという側面がある。単純に人口が短期間で半減すれば、1人あたりの国の債務は倍になる。小黒教授は第3子以降あたり1,000万円の給付をしても出生数が増加すれば、1人あたり債務は減少するシナリオも描いている。

 では第1子誕生についてはどうするかである。そもそも全般的な非婚化の傾向があり、そのかなりの要因は短期間で容易には是正しがたい非正規労働者の貧困化による非婚化が進展していることである。非正規の増加は個々の企業にとっては都合が良かったが、社会全体でみると合成の誤謬があり、10-20年後に人口急減という巨大な外部不経済をもたらし、その改善は数年ではできない。従って行動経済学的にも速攻性のある心に働きかける対策が必要だ。そこで1つの試案として、非正規労働者同士のカップルの場合、あるいは合計年収がたとえば700万円を下回る夫婦の第1子誕生についても、第3子以降と同様に、1,000万円の給付を、試験的に5年間支給し、所得の低い層の結婚促進と第1子誕生を同時に促進する施策を提案いたしたい。

 出生数の減少が年率1%程度であれば、異次元の政策の効果を検証し、既存政策との整合性、公平性を睨み、次の対策を諸外国の事例を含めじっくり検討するのが常道だろう。しかし、出生数減少の加速化は我が国を将来消滅するかどうかの瀬戸際に追い詰めていることから、これを止める外部経済効果は絶大である。出生数70万人割れを受けて、やれることは何でも迅速にやるという危機対応(異次元2.0)を政治が決断することが求められている。

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