【特別寄稿】我々日本人は第2次トランプ政権とどう対峙すべきか~壊れつつある日本政治に対して、『訂正する力』の復権を~(前)
-
-
『週刊現代』元編集長 元木昌彦 氏
この国の将来は、再登場したトランプ政権とどう向き合い、アメリカの植民地状態から脱することができるかにかかっている。自民党一強体制は崩れ、企業間格差は広がり、子どもの10人に1人は満足に食事をとれない国に未来はあるのか。戦後最大の危機を乗り切る術はあるのかを考える。
衝撃のアメリカ大統領選挙
『週刊現代』元編集長 元木昌彦 氏 2024年は選挙の年だった。そのなかでもアメリカ大統領選挙の結果は世界中に衝撃を与えた。メディアの世論調査は今回も当たらなかった。前々回の大統領選のときも多くのメディアはヒラリー優勢と見ていたが、結果は僅差だったがトランプが勝利した。今回も民主党のハリスとトランプは大接戦だと報じていたが、蓋を開ければトランプの地滑り的大勝だった。そのうえ、上院、下院も共和党が過半数を占める「トリプルレッド」になったのだから、第2次トランプ政権は、国内では向かうところ敵なしである。
だが、選挙中も、トランプは政策らしきものは語らず、「Make America Great Again」と繰り返すだけだったから、何をやってくるのかはまったく未知数である。アメリカ国内の分断化は、これからますます深刻になり、アメリカ国内だけでなく、実質的な植民地である日本がその影響をもろに受けることは間違いない。
映画『シビル・ウォー』はトランプの末路か
日本のこれからを考える前に、トランプのアメリカの近未来を考えてみたい。最近、アメリカで起こり得る悲劇を予見したといわれているのが、昨年秋に日本でも公開された映画『シビル・ウォー』である。
舞台は19の州が離脱し、FBIは解体されドルは価値を失った、内戦状態が勃発した近未来のアメリカ合衆国。なぜ内戦状態になったのかなどの説明はないが、自分の一存で任期を延ばしてしまう傲岸な大統領に反発して、市民たちが武装してホワイトハウスを目指す。まるで南北戦争が再び起きたような設定だが、深刻な分断を目の当たりにしているアメリカ国民にとっては、つくりごとと一笑に付すことができないほど切実な問題であろう。主人公の3人のジャーナリストたちが、武装した市民たちと一緒に、大統領のインタビューをしようとホワイトハウスに向かう。だが、ホワイトハウスのなかに隠れていた大統領は、武装した市民たちに発見され、殺されてしまうのである。
優れた映画や文学は時代を先取りする。この結末は、トランプ大統領の末路を暗示しているかのように、私には思えた。
トランプ大統領がもし、選挙中にいっていた移民排斥、ロシアのメンツを立てるウクライナ戦争の終結、対中国に対する敵対工作、イスラエル支持をより鮮明にしてイランをはじめとする中東の国々への恫喝外交を推し進めれば、トランプを殺せという声は高まり、第三次世界大戦が起きても不思議ではないのではないか。
最悪の想定『核のボタン』弱体化したアメリカ
ワシントン・ポストを代表する記者のボブ・ウッドワードとロバート・コスタが出した『国家の危機』(日経ビジネス人文庫)は200人以上の人たちをインタビューした労作だが、そのなかで、21年1月6日、ジョー・バイデンが大統領になる直前に起きたトランプ支持者たちによる議会襲撃事件の直後、軍の最高指導者たちは、これはトランプが政府を転覆させる目的で、立案され、実行されたと考えていたと書いている。まぎれもないクーデターで、トランプはさらなる計画をもっているのではないかと危惧されていたという。そのなかには、核兵器のボタンを押すという最悪の事態も想定されていたというのである。
米軍制服組トップのマーク・ミリー統合参謀本部議長は、大統領継承順位3位にある民主党下院議員のナンシー・ペロシとこういう会話を交わしたという。「『どういう予防措置が使えるかしら?』ペロシがきいた。『精神的に不安定な大統領が軍事的な敵対行為を開始したり、発射コードを手に入れて核攻撃を命じたりするのを防ぐのに。この錯乱した大統領がもたらしている緊急事態ほど危険なものはないわ。私たちの国と民主主義に対する偏向した攻撃からアメリカ国民を護るために、私たちはあらゆることをやる必要があります』」。そのなかにはトランプ大統領が核のボタンを押すかもしれないという重大な危惧もあった。
ミリーはこう答えた。「そのシステムには抑制手段がいくつもあると申し上げられます。間違いなくそういうものが機能すると断言できます。核の引き金は安全ですし、私たちは絶対に―常軌を逸したこと、違法なこと、不道徳もしくは倫理に反することが、絶対起きないようにします」。
だがと、ペロシは口を挟んだ。トランプは支持者たちを扇動して議会襲撃をさせたのに、誰もそれを阻止できなかったではないか。それなのにあなたは、トランプの最悪の行動を阻止できるというのかと。すぐにミリーは国家軍事指揮センターの幹部将校たちを招集して、軍事行動か核兵器使用に際しては、すべてに自分が直接関与すると厳命した。「その手順を決して忘れてはならない」と。
トランプに残されていたのは2日だった。だが、この最後の日に、第二次世界大戦以来、念入りに築き上げられてきたアメリカの民主主義と、世界秩序の弱体化を誘発することができるだろうか…ミリーはそう思っていたという。まさに、1962年のキューバ危機のような緊急事態が、ホワイトハウスのなかで起こっていたのだ。
トランプ大統領と握手する
ミリー統合参謀本部議長
2017年(肩書は当時)ミリーは2023年に退任したが、そのときの挨拶で、「我々は独裁者になりたいと思う者に誓いを立てたりはしない」(朝日新聞Digital10月1日5時)と、共和党から再び出馬するであろうトランプを批判した。
しかも2度目の今回は、上院、下院も共和党が過半数を握ったため、トランプは前回とは比べ物にならないくらいの圧倒的な力をもってしまった。トランプは核のボタンに手をかけながら、中国やロシアだけでなく、自分に反対する民主党議員たちを“恫喝”できるのだ。考えてみれば恐ろしい4年間が始まろうとしている。先はまったく見通せない時代の幕が開くのである。
戦争までいかなくても、第三次冷戦というべき事態ができることは間違いない。しかし、アメリカはかつてのような軍事力も経済力も失っているから、中国やロシアに対して圧倒的有利な立場とは、もはやいえない。世界はまさに混沌とした「混迷の時代」に突入することになるはずである。
夢も希望もない日本 円安と国力の低下
そうしたなかで、日本と日本人はどう生きていくのか。差し迫ったすぐそこにある危機だが、残念ながらリーダーシップをとれる人間は、政治、経済、外交、言論分野を眺めてみても皆無といっていいだろう。このままいけば人心は乱れ、将来への希望をもてない人たちが激増し、真っ当に働く意欲が失せ、犯罪に走る者も多くなり、まるで中世のような“乱世”の時代が再現されるのではないかと危惧している。
私は戦争は知らないが、戦後の焼け跡が残る貧しく飢えていた時代は、幼いながら記憶している。だが、あのころには、今日より明日がよくなるという希望がもてた時代でもあった。やがて高度成長期に入って新幹線が走り、東京五輪、大阪万博と、日本の国力が日に日に増していくことを実感できた時代だった。「1億総中流」などといわれたものだった。その後、バブルが弾け、失われた30年が始まっても、ジャパン・アズ・ナンバーワンの時代がまた来ると、信じられる余力は残っていたと思う。
海外旅行に行けば、1ドル=360円時代を知っている私にしてみれば、日本という国が一等国の仲間入りをはたしたことが実感できた。しかし、昨年10月中旬から12日間ばかりハワイに行ってきたのだが、昼にマイタイ(ハワイのカクテル)2杯とハンバーガーをとったら、日本円にして1万2,000円ほど請求され、日本の国力の低下を実感した。円安を放置してきた政府や日銀の無責任さに腹が立った。これでは、若者が海外留学したいと思っていても、なかなか踏み出すことは難しかろう。留学する若者が減っていくことは、少子化同様、国家百年の計を考えるうえで、蔑ろにしていいはずはない。
だが、今の政治家や経済人に、そうした先を見通して手を打てる人間がいるとは到底思えない。末世とは、今の日本のような状況をいい表す言葉ではないのかとさえ思う。私の若いころ、お笑い芸人の「夢もチボーもない」というフレーズが流行ったことがあったが、まさに今のこの国には、夢も希望もないといっても、いい過ぎではないのではないか。そうした危機感を多くのこの国の人間たちがもたなければ、この国は再び極東の小国でしかなくなってしまう。
(つづく)
<プロフィール>
元木昌彦(もとき・まさひこ)
『週刊現代』元編集長 。1945年生まれ。早稲田大学商学部卒。70年に講談社に入社。講談社で『フライデー』『週刊現代』『ウェブ現代』の編集長を歴任。2006年に退社後、市民メディア「オーマイニュース」に編集長・社長として携わるほか、上智大学、明治学院大学などでマスコミ論を講義。日本インターネット報道協会代表理事。主な著書に『編集者の学校』(講談社)、『週刊誌は死なず』(朝日新聞出版)、『「週刊現代」編集長戦記』(イーストプレス)、『現代の“見えざる手”』(人間の科学新社)、『野垂れ死に ある講談社・雑誌編集者の回想』(現代書館)など。関連キーワード
関連記事
2025年2月13日 17:402025年2月8日 06:002025年2月5日 11:352025年2月6日 11:002025年2月5日 15:002025年1月16日 16:402025年1月24日 18:10
最近の人気記事
まちかど風景
- 優良企業を集めた求人サイト
-
Premium Search 求人を探す