欧米と日本、職人の地位に差 建設業の存亡左右する育成と待遇改善(後)

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九州鉄筋工事業団体連合会 副会長
福岡県鉄筋事業協同組合 副理事長
古澤英樹 氏

 鉄筋工事の業界団体・(公社)全国鉄筋工事業協会(以下、全鉄筋)では、2024年11月にヨーロッパ、25年1月にアメリカの建設業界の現状を視察した。全鉄筋の下部組織で九州各県の鉄筋工事業協同組合をまとめる九州鉄筋工事業団体連合会(以下、九鉄連)の副会長、そして福岡県鉄筋事業協同組合の副理事長を務める古澤英樹氏は、「そこで得た知見を基に、業界を挙げて人材育成および待遇改善を狙う」と話す。日本とアメリカおよびヨーロッパの建設業界の違いについて、古澤氏に話を聞いた。

職人の地位に大きな差

九州鉄筋工事業団体連合会 副会長
福岡県鉄筋事業協同組合 副理事長
古澤英樹 氏

    ──日本の建設業界との違いは。

 古澤 まず前提として、日本の建設業界においては、ゼネコンが大きな役割をはたしています。対してアメリカやヨーロッパでは、「設計を専門に行う企業」「施工を専門に行う企業」と分かれていることがほとんどです。そのなかでの一番の違いは、職人の地位や待遇です。アメリカやヨーロッパでは、教育を受けた職人が社会的に高い評価を受け、その分の賃金も得られます。一方、日本では資格を取得しても、それが賃金や地位の向上に直結しないのが現状です。また、日本では建設業界全体が「安さ」を優先してしまう傾向があり、職人に十分な報酬が支払われていないケースも多い。アメリカの場合は、契約時に提示された賃金と支払いの保障、労働時間の管理、残業代や休日出勤の保障などについて、罰則をともなう法的バックアップがあることも日本と違うところです。これは、業界構造や法律の問題とも関係しています。

CSCSカード(イギリス)
CSCSカード(イギリス)

    ──日本ではキャリアアップシステム(以下、CCUS)が導入されています。

 古澤 CCUS自体は非常に良い取り組みです。ただ、加入者は約160万人になりましたが、実効性が低いのが課題です。このCCUSはもともと、イギリスのCSCSカードシステムを手本にしてつくられました。CSCSカードとは、国家基準に基づく建設技能者の技能レベルや、現場で安全に作業するために必要な知識を有していることを証明するカードです。安全衛生試験に合格した証でもあります。CCUSもCSCSカードのように、資格をもっていなければ現場に入れないという明確なルールがあれば、資格制度がより普及し、職人の地位向上にもつながると思います。

 ──職人の地位を向上させるためには、どのような施策が必要だとお考えでしょうか。

 古澤 教育制度の充実とともに、最低賃金の引き上げや社会保険の加入促進が必要です。たとえば、アメリカでは「スーパーマイスター」というかたちで、一定の技術や経験を持つ職人が高い報酬を得られる制度があります。日本でも、同様の仕組みを導入することで、職人が自分の仕事に誇りをもち、若い世代も建設業界に興味をもつようになるのではと考えています。

 アメリカでは教育機関がホテル並みの施設をもち、職人が快適に学べる環境を提供しています。ヨーロッパでも同様で、賃金は労働協約で守られています。アメリカでは月収100万円、年収1,000万円以上稼ぐ職人も珍しくありません。物価の差はありますが、日本の倍以上のイメージです。教育訓練、それにより得られる資格制度、その資格に連動した賃金という三位一体の制度が、ぜひとも日本にも必要だと感じました。

建設現場視察(ニューヨーク)
建設現場視察(ニューヨーク)

社会保険の未加入問題

 ──現在、日本の建設業界が抱える最大の課題は何だと思いますか。

 古澤 最大の課題は、日給月給制と社会保険の未加入問題です。このような労働環境では、職人は安定した収入を得られず、将来に対する不安が大きいのです。法令によって加入が義務付けられている健康保険や厚生年金保険、雇用保険、労災保険など各種保険について、未加入の企業や労働者が少なくありません。加入率は6割程度ではないでしょうか。

 社会保険料を払わないと労務単価が安く抑えられ、それにともない請負単価も抑えることができ、受注単価競争では有利となります。

ヨーロッパでの会議風景
ヨーロッパでの会議風景

    根底にあるのは、個人事業主の場合、抱える社員が4名以下であれば、社会保険の加入義務がないということです。個人的には、建設業の県知事登録の条件として社会保険および厚生年金加入を必須とするぐらいしないと、この問題は解決しないのではないかと考えています。真面目に実施している企業が馬鹿を見ることになっています。そもそも、国民年金だけでは、老後の生活に不安を感じてしまうでしょう。現に70歳を超えても、生活をしていくために働かれている方も少なくないと聞きます。やはり、厚生年金がもらえるような企業じゃないと、責任をもって働いてもらうことは難しいのではないでしょうか。

 また、業界の重層構造も問題で、中間業者が多いために職人の手取りが減るケースが後を絶ちません。このような問題を解決するためには、法律の整備や国の積極的な介入が求められます。

新・担い手3法に期待

見本市(ラスベガス)
見本市(ラスベガス)

    ──最後に、今後の業界の展望について教えてください。

 古澤 日本の建設業界が職人にとって働きやすく、魅力的な業界になることを目指しています。そのためには、教育制度や賃金体系の見直し、法律の整備が必要です。25年度に施行予定の第3次担い手3法にも期待しているところです。今回の改正では、元請および下請企業による著しく低い材料等の見積もり・見積もり依頼の禁止や、下請企業による原価割れ契約の禁止が盛り込まれております。そのなかで、中央審議会が「労務費の基準」を作成し勧告を行う予定です。

 まずは土木・建築の双方に関連する職種である「鉄筋」と「型枠」業界についての基準労務費の検討が開始されており、全鉄筋もすでにヒアリングに参画して国主導で基準労務費の作成に入っています。職人不足や資材高騰による影響を、元請企業だけでなく発注者にもご理解いただきたいと思っております。また、建設Gメンにも期待しており、当団体も含め、鉄筋業界にもどんどん調査にきてほしいと思っています。なかには、法律に沿いながらも取り組み不足のところもあるでしょう。そこを改善しながら前に進んでいけば、自ずと健全で力のある企業が残っていくはずです。

 鉄筋工事業界への入職者を増やすためには、所得の大幅アップが何よりも必要です。高齢化により今後は職人不足がより加速していくことから、本気で職人不足問題に向き合おうとするのならば、若手入職者を急増させていかなければ対応できません。

 業界全体が一丸となり、職人の地位向上に取り組まなければ、建設業界は成り立たなくなります。全鉄筋の岩田会長が建専連の会長を兼任されている今こそ、業界が変わる最大の好機だと思います。これからも視察などを通じて得た知見を生かし、日本の建設業界の発展に貢献していきたいと思います。

(了)

【内山義之】


<プロフィール>
古澤英樹
(ふるさわ・ひでき)
福岡県生まれ。九州国際大学卒業後、1993年4月、(株)マルショー鉄筋工業に入社。2004年4月、同社代表取締役社長に就任。16年7月に福岡県鉄筋事業協同組合副理事長、同年には九州鉄筋工事業団体連合会副会長に就任した。

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