フジテレビ問題、調査報告書を読む~明らかになった帝王・日枝久の人事権

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 元タレントの中居正広氏とフジテレビの女性アナウンサーとのトラブルを発端とする同社をめぐる問題で、フジテレビ(CX)と親会社のフジ・メディア・ホールディングス(FMH)が設置した第三者委員会(委員長・竹内朗弁護士)の調査報告書が3月31日に公表された。調査報告書は、男尊女卑のオトコ社会、女性社員への日常的なセクハラ、女子アナの上納文化があったと断じた。この企業風土を醸成したとして、フジテレビの「帝王」と呼ばれた日枝久の影響力の大きさを指摘した。(文中の敬称は略)

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日枝がフジテレビグループの人事権を掌握

 報告書は、日枝久について、こう断じている。

 〈調査したところでは、日枝氏は、CX(フジテレビ)・FMH(フジ・メディア・ホールディングス)の代表取締役会長と代表取締役社長というトップ人事を決めていた。それより下層の人事は会長と社長が決めていたが、なかには会長と社長が日枝氏におうかがいを立てている状況も見受けられた。

 日枝氏は、1983年に取締役に就任し、1988年から代表取締役社長、2001年から代表取締役会長を務め、2017年から現在まで取締役相談役を務めている。長年にわたる功績と経営中枢への関与から、現在も当社の経営に影響力をおよぼしており、当社の組織風土の醸成に与えた影響は大きいといえる〉

 役職員アンケートでは、

〈日枝氏がフジテレビグループの人事権を掌握していると「感じる」という答えが約82%。「役員が日枝氏の方ばかり見て行動している」「実力や素養に関係なく日枝氏に気に入られた人物が出世する」という回答も過半数。(中略)、CXの局長以上の人事はすべて日枝氏が決めているという話も複数回聞いた〉

役員人事は「××階」という
ブラックボックスにおける意思決定

 報告書は奥の院に迫る。

 〈CXでは従来から、現場情報をもつメンバーが協議した内容を上程したものが、「××階」というブラックボックスのなかで意思決定され、その決定が下命されるというプロセスが常態化してきた〉

 「××階」とは、本社社屋オフィスタワー××階にある、CXの日枝、代表取締役会長、代表取締役だけが個室を与えられる役員フロアを指す社内用語。

 報告書によると、日枝の部屋は82.32m2で、さらに25.6m2の応接室と30.65m2の代表室書庫が隣接。これは嘉納修治会長(当時)の部屋(76.86m2)や港浩一社長(同)の部屋(45.92m2)より広い。

 日枝の執務室に、内示を受けた取締役候補者が「挨拶にいって激励を受ける」のが慣例となっている。日枝がフジの人事権を掌握していることを示すエピソードだ。

フジサンケイグループ代表は名誉職だったはずだが

 日枝が権力の基盤に置いているのが、フジサンケイグループ(FCG)。報告書はFCGについて1章を当てている。筆者は、『傲慢経営者列伝(14)日枝久、クーデターでフジテレビ独裁権を奪取した男』(25年2月5日付ほか)で、鹿内一族がグループの持株会社化にしていたFCGを日枝がクーデターで奪取した経緯について書いているので、合わせて一読していただきたい。報告書は、こう記す。

 〈現在、フジサンケイグループにはグループに関する規約や規定はないものの、78社、4法人、3美術館が属し、文化・顕彰のイベント等の運営や保養所に関する連絡などを活動内容としている。フジサンケイグループは1992年(注・クーデター事件後)には小林吉彦氏(当時サンケイビル会長)が代表となり(このとき議長から名称変更)、2003年以来日枝久氏がその代表に就任している〉

 現在のFCGは鹿内ワンマン体制下のような持株会社ではない。グループの緩やかな企業体で、グループ代表も経営上の機能は一切有しない名誉職に過ぎない。にもかかわらず、グループの持株会社を担う上場会社のFMH、テレビ局のCXを支配する。支配できるのは、本来は名誉職だったはずのFCGの代表である日枝が役員の人事権を握っているからだ。

 「××階」に鎮座する日枝のご威光について報告書はこう記す。

 〈会長と社長のなかには、社員からの信頼感が低いことを自覚し、自らの意思決定に日枝氏の権威を借用するために日枝氏におうかがいを立て、「××階」のブラックボックスを利用しているような振る舞いも見受けられた〉

日枝の力の源泉は政治家とのパイプの太さ

 日枝久は、創業家でも、株を保有するオーナー家でもない。一介のサラリーマン経営者だ。にもかかわらず、長期にわたって人事権を握り、君臨してきた。その力の源は何か。解明してみよう。

 キーワードは電波利権だ。1957年、田中角栄(のちの首相)が郵政大臣としてテレビ局への大量免許交付を行い、放送界に絶大な影響力をもつことになる。日本のメディアは政府の許認可権を握られることになった。政治家にとっては、おいしい電波利権だ。メディアのトップは時の権力者と人脈を築くことが最大の仕事になった。

 『大手新聞やテレビキー局の上層部「メシ友」の実態――安倍内閣を支えるメディア』。週刊金曜日オンライン(2015年3月24日付)が報じた。引用する。

 〈2013年1月から15年1月にかけて、安倍(晋三)首相とメディア上層部らとの会食は実に60回を超える。新聞各社に掲載される日々の「首相動静」を丹念に拾うと浮かび上がる事実だ。

 (中略)安倍首相との会食がもっとも多いのは(株)読売新聞グループ本社の渡邊恒雄会長・主筆で、確認できただけで15回におよぶ。首相のご意見番気取りだろうか。次は(株)フジテレビジョンの日枝久会長で9回、大半はゴルフだ〉

 政界と太いパイプを築く芸当はほかの役員ではおいそれとできないので、日枝が長期政権を続けた源泉となっていることがわかる。

安倍元首相の国葬を仕切る

 『フジ第三者委が踏み込んだ”日枝天皇”と安倍首相の蜜月関係・・・国葬特番の現場からも「編成権侵害」の声が』。日刊ゲンダイDIGITAL(25年4月5日付)が報じた。

 〈2022年9月27日の国葬当日、フジは午前11時45分から午後3時45分まで特別番組を放送。実は当初、午前1時45分から2時間放送の予定だったのが、急きょ前倒し。4時間に拡大されたのだ。その背景について、現場の職員たちは「日枝久取締役相談役(当時)の意向が働いた」と第三者のヒアリングに証言している。

 日枝氏は政界との距離が近く、とくに安倍元首相とは蜜月の仲。安倍元首相の首相在任中は夏休みのたび、ゴルフコンペが恒例化していた。銃撃事件後、安倍元首相の遺体が自宅に運ばされた際、いち早く駆け付けたのも日枝氏だった。報道機関でもあるフジサンケイグループのトップとして、あり得ない行動だ。

 しかも国葬の司会者は、フジの島田彩夏アナウンサー。見事なまでのお見送りに、当時はSNS上で「フジテレビ葬」と揶揄されたほど。国葬の賛否をめぐり、世論が割れていただけに、現場からも報道の中立性を疑問視する声が上がったという〉

 安倍元首相とベッタリの関係にあったことが、日枝がフジグループ内で絶大の権力を振るえた最大の理由であることがわかる。

無念、残念の憤怒を込めた無言の退場

フジテレビ イメージ    日枝久は87歳。大往生するまで、グループの「帝王」であり続けるつもりだっただろう。だが、叶わなかった。

 報告書の公表の直前の3月27日、CX(フジテレビ)と親会社のFMHは、日枝がそれぞれの取締役相談役とフジサンケイグループ代表を退くことを発表した。フジの労働組合から株主の米投資ファンドまで、本人の説明を求める声が上がったなかでの無言の退場だった。

 日枝としては、CXとFMHの取締役相談役は退いても、フジサンケイグループの代表にはとどまり、人事を采配する腹づもりだったにちがいないから、納得しているとはとても思えない。

 フジテレビは財界が反左翼を旗印につくったメディア。日枝にしてみれば、保守政界の巨頭、安倍晋三元首相の国葬を事実上仕切ったのは最大の勲章だった。

 日枝ら経営幹部が、若い女子アナを“よろこび組”として連れ歩くのは幹部のみに許される勲章であり、特権だった。それが、企業の存立さえ脅かす事態になるとは想像もできなかっただろう。第三者委員会がフジグループの暗部を暴いたことで、退任に追い込まれた。日枝の無言の退場には、無念、残念の憤怒が込められている。

 それに追い打ちをかける事態が生じた。上場会社であるFMHの株主が、日枝ら経営陣15人に対して233億円の賠償を求める株主代表訴訟を起こした。

 日枝久は、引き際を誤ったため、名前だけでなく、しっかり貯め込んだ財産すべてを失うことになる。

【森村和男】

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