【連載9】ウクライナ戦争とトランプ関税戦争の行方:漁夫の利を目論むのは誰?(前)

国際未来科学研究所
代表 浜田和幸

シリーズ『ドナルド・トランプとは何者か』の第8回
 未来学者の浜田和幸氏による連載「未来トレンド分析シリーズ」。今回の記事はトランプシリーズとしてもお届けする。
 トランプ大統領の関税戦争は、同盟国をも敵視する強硬姿勢を鮮明にし、日本政府を翻弄(ほんろう)した。加えて、ウクライナ戦争に乗じた資源争奪戦も表面化し、ゼレンスキー政権や欧米投資ファンドとの癒着が浮かび上がる。利権をめぐる米英対立が深まるなか、漁夫の利を狙うロシアと中国の動向を含めて検討する。

トランプ関税戦争と日本の右往左往

 「相互関税」というトランプ砲をぶっ放し、気勢を上げるトランプ大統領ですが、彼にとっては同盟国であろうと、敵対国であろうと、区別する気はさらさらありません。石破首相も「想定外の国難的事態」と受け止め、緊急のトランプ大統領との電話会談や新たに任命した赤沢対米交渉担当大臣をワシントンに派遣するなど右往左往。石破首相は「日本は対米投資額ではほかを圧倒している。きちんとデータを示して説明すれば、分かってくれるはずだ。タイミングを見て、訪米したい」と悠長な構えに終始しています。

 しかし、トランプ大統領にとっては、相手が右往左往し、こちらに歩み寄ってくることが狙いなのです。同大統領曰く「関税ほど美しい言葉はない。関税によってアメリカは再び偉大な国となる。若干の株価の変動はあるだろうが、長期的にはアメリカ人が金持ちになるチャンスだ」。トランプ氏の説明によれば、今回の関税戦争によってアメリカは前代未聞の税収を外国企業から徴収できるので、その分をアメリカの国民に減税として還元できるとのこと。

トランプと習近平:独裁志向と世界観の共鳴

 要は、アメリカの「黄金時代」を築くためには、「敵味方関係なく、とにかくアメリカのいうことに従わせよう」という発想の持ち主なのです。その意味では、トランプ大統領は中国の習近平国家主席をライバル視しているのかもしれません。習氏が前例を覆し、3期目に突入したことに大いに刺激を受けているようですから。

 実際、トランプ氏と習近平氏は似たような言動に終始しています。たとえば、表現や報道の自由についてですが、習近平氏は香港でのメディアの活動を制限していますが、トランプ氏もメキシコ湾をアメリカ湾に変更した大統領令に従わないAP通信の記者をホワイトハウスの共同記者会見から排除したものです。

 他方、ウクライナ戦争に関しても、習近平氏はロシアのプーチン大統領寄りの姿勢を堅持していますが、トランプ氏もプーチン氏との直談判に固執しています。さらにいえば、台湾に関しても、習近平氏は「必ず一体化する。必要があれば武力の行使も辞さない」と繰り返していますが、トランプ氏も「グリーンランドもパナマ運河もアメリカのものだ。必ず取り返す」と訴えているではありませんか。

 日本を含め、一方的な関税戦争はトランプ大統領が政権を去れば、より安定した通商貿易関係が復活すると期待する向きも多いようですが、トランプ氏が3期目の大統領になれば、そうは問屋が卸さず、アメリカのわがまま放題が続くことになるでしょう。

 なぜなら、もし、2028年にホワイトハウスを去ることになれば、多数の訴訟案件を抱えるトランプ氏は即座に収監されるからです。そうした不名誉な末路を回避するには手段を選ばず終身大統領として居続けるか、自分の身内を大統領に就かせることで保身を図ることが必須条件になります。

 トランプ氏にとっては、世間の常識や過去の前例は一切意味をもちません。彼が大事にする生き方は「勝つこと。そのために手段は選ばない」に尽きます。そうした価値観を植え付けたのは20代のトランプ氏に目を付け、徹底的な「悪徳教育」を施したロイ・コーン弁護士でした。「20世紀最強のマフィア弁護士」と異名を取ったアメリカ政界の仕掛け人に他なりません。

 コーン弁護士はマッカーシー上院議員の首席補佐官として「赤狩り」に奔走し、ローゼンバーグ夫妻をソ連のスパイと断定し、死刑に追いやりました。後に「でっち上げ」だったことが判明したのですが、すでに夫妻は電気椅子で命を失った後のこと。「ウソも平気。勝つことがすべて」というコーン流のやり口です。

 そうした悪魔のような弁護士から見込まれ、薫陶を受けたのがトランプ氏に他なりません。そうした精神構造をしっかりと把握したうえで、対米交渉に当たらなければ、「人の好い」日本はいつまでたっても悪徳国家にむしり取られるままでしょう。

 注意すべきは、そうしたマフィア弁護士の指導を受けたせいで、トランプ大統領は意図的に発言の真意が分からないように演出することが多々あることです。思い起こせば、大統領に就任する直前まで、「ウクライナ戦争を24時間以内に終わらせる」と豪語し、「ノーベル平和賞もゲットする」と息巻いていましたが、大統領になると「半年で決着をつける」と軌道修正をしてしまいました。

 先にゼレンスキー大統領がホワイトハウスを訪れた際には、バンス副大統領も加わり、丁々発止の激論の末、「ロシアとの交渉カードのないウクライナには戦争に勝てる見込みはない。アメリカの支援に感謝し、多少の領土は放棄し、ロシアとの和平交渉を急ぐべきだ」と、ロシア寄りの姿勢を見せたトランプ大統領でした。

ウクライナ資源をめぐるトランプ流ディール戦略

 では、ウクライナ戦争を早期に終結させるというトランプ流の秘策とは何でしょうか。実は、アメリカの投資ファンドや軍産複合体はウクライナの穀物や地下に眠る鉱物資源に狙いを定めています。大豆、小麦、トウモロコシなどの穀物に関しては、ウクライナはヨーロッパ最大の生産量を誇っているため、アメリカのブラックロックなど投資ファンドはゼレンスキー大統領に巧みに食い込み、すでに穀倉地帯の大半の所有権を獲得しているほどです。

 また、ウクライナ東部に大量に眠っているとされるレアアースなど鉱物資源も旧ソ連時代のデータによれば、世界的にも貴重な品質と大規模な埋蔵量が見込まれるとのこと。半導体はじめIT関連製品に欠かせないレアアースですが、アメリカはその大半を中国に依存しています。23年の時点で、アメリカは400tのレアアースを海外から輸入していますが、何とそのうち396tを中国から買っているのです。

 そのため、表向き中国との敵対姿勢を鮮明にしているアメリカですが、中国を怒らせ、レアアースの輸入をストップされては、アメリカの産業界はお手上げ状態になってしまいます。そこで、トランプ大統領は「中国への依存度をゼロに近づけるためには、ウクライナの地下資源を手に入れるのが近道だ」と判断したようです。実際のところ、アメリカから145%という高関税を突き付けられ、中国は対抗措置としてレアアース類の対米輸出を中断しています。

 そうした背景もあり、トランプ大統領曰く「アメリカはウクライナに経済支援や武器弾薬の提供を続けてきた。その総額は5,000億ドルになる。その分を鉱物資源で支払うのが当然だろう。そうしなければ、アメリカはウクライナへの援助をストップする」。得意の「ディール」をもちかけているわけです。

(つづく)


浜田和幸(はまだ・かずゆき)
国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鐵、米戦略国際問題研究所、米議会調査局などを経て現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選をはたした。11年6月自民党を離党、無所属で総務大臣政務官に就任し震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。著作に『イーロン・マスク 次の標的』(祥伝社)、『封印されたノストラダムス』(ビジネス社)など。

第8回

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