雑多さも魅力、博多区最南端・雑餉隈エリア(中)

軍人や炭鉱夫が集う歓楽街“第二の中洲”

 終戦後、雑餉隈や周辺の軍需工場は閉鎖されて、米進駐軍によって接収。春日村の小倉造兵廠春日原分廠が米軍の板付基地春日原ベースとなったほか、大野村の上大利の田畑の一部も買収されて米軍宿舎用地となった。このため、基地周辺では米軍人相手のバーや土産品店、洋品店などが建ち並び、西鉄沿線などには米軍人向けの数百軒の貸ハウスが建てられたという。その後、極東の緊張が次第に和らいでいくとともに、基地の米軍は次第に縮小していったとされる。すると今度は、陸上自衛隊福岡駐屯地や航空自衛隊春日基地などが近隣に設置されていき、雑餉隈エリア周辺には依然として軍事(自衛隊)関連の施設が集積。米軍人と自衛隊員では多少性格が違うものの、そうした軍関係者で街は賑わっていった。さらに、当時は炭鉱町として栄えていた志免町や宇美町からの炭鉱夫なども集まるようになり、雑餉隈エリアは歓楽街としての性格を帯びていくようになる。一部地域では風俗店なども軒を連ねていたことや、日活公楽や筑紫映劇などの映画館も複数店あったことから、雑餉隈が“第二の中洲”と呼ばれていた時代もあったようだ。

 66年11月には、国鉄の「雑餉隈駅」が「南福岡駅」と改称された一方で、71年3月には「西鉄雑餉隈駅」が再び「雑餉隈駅」に改称された。これら2つの駅に挟まれた一帯では、銀天町商店街を中心として商業店舗が集積。近隣の春日市や大野城市では団地造成や住宅地開発が行われて人口が急増していくなかで、雑餉隈エリアでは64年12月に銀天町1丁目にマルキョウ1号店(現・雑餉隈店)が開業したほか、72年12月には竹丘町3丁目に雑餉隈ショッピングバザール(ユニード雑餉隈店→ダイエーグルメシティ雑餉隈店→マックスバリュ雑餉隈店)が開業するなど商業施設が充実していった。

 しかし、その後は昭和から平成、そして令和への時代の流れとともに、映画館はやがて姿を消し、商店街からも以前のような活気は失われ、さらには風営法の改正を機とした警察の取り締まり強化によって風俗店なども姿を消していったことで、かつて“第二の中洲”と呼ばれた雑餉隈は失速。往時の賑わいぶりは失われてしまったが、今なお下町情緒の残るエリアとして現在に至っている。

 なお余談だが、福岡出身の歌手・俳優として著名な武田鉄矢氏の実家である「武田たばこ店」(麦野4丁目)も雑餉隈エリアにあるが、残念ながら現在は営業していない模様だ。

西鉄高架化と新駅設置で存在感増す「地域拠点」

 現在の雑餉隈エリアは、福岡市博多区と大野城市、春日市が市境を接する付近に位置しており、範囲がきちんと決まっているわけではないが、概ね西鉄雑餉隈駅を中心として、JR鹿児島本線や桜並木通り(県道56号)、県道112号(福岡日田線)などで囲まれたエリアだといっていいだろう。公称町名でいうと、銀天町、寿町、元町、竹丘町、東雲町、春町、西春町、相生町、南本町、麦野(4~6丁目)などが雑餉隈エリアだ。エリア内には西鉄・雑餉隈駅と桜並木駅、JR南福岡駅の3つの駅を擁し、鉄道を利用した交通利便性は抜群に優れている一方で、道路インフラのほうは、福岡日田線や桜並木通り、筑紫通りはあるが、あまり国道などの主要幹線は通ってはいない。そのため、後述する西鉄の高架化以前は、エリア内は交通渋滞の頻発地帯だった。

 エリア内をおおまかに分類すると、JRと西鉄の両線路に挟まれたエリアには商業店舗などが集積する一方で、西鉄線路の北・東側には住宅街が広がっている印象だ。エリア内には、中尾池(南本町1丁目)と夫婦池(西春町1丁目)の2つの大型のため池が存在。それぞれ農業用ため池として設置されたもののようだが、中尾池に隣接して中尾公園が設置されるなど、現在では都市部のオアシス的な水辺空間を形成して、周囲の居住環境の向上に寄与している。

(左)中尾池 (右)夫婦池
(左)中尾池 (右)夫婦池

 また、エリア内ではないが、JR南福岡駅の西側には、南福岡車両区や陸上自衛隊福岡駐屯地などもある。雑餉隈エリアは、福岡市基本計画の都市空間構想図では、区やそれに準ずる生活圏域の中心として、日常生活に必要な商業機能や市民サービス機能など諸機能が集積した「地域拠点」となっており、福岡市内では六本松・鳥飼・別府や姪浜、橋本、今宿・周船寺、箱崎などと同列に位置付けられている。雑餉隈駅近くに「博多南地域交流センター」「博多南図書館」「博多南デイサービスセンター」を集約した複合施設「さざんぴあ博多」があるのも、同エリアが地域拠点であるからだろう。

 エリア内の用途地域を見ると、両線路に挟まれた銀天町や寿町、竹丘町、元町1丁目などは商業地域(建ぺい率80%/容積率400%)で、その周囲を第一種住居地域および第二種住居地域(建ぺい率60%/容積率200%)が取り囲んでいるかたちだ。福岡市の住民基本台帳に基づく公称町別の人口および世帯数は25年5月末現在で、雑餉隈エリア全体(銀天町、寿町、元町、竹丘町、東雲町、春町、西春町、相生町、南本町、麦野4~6丁目)で人口1万9,138人/1万1,511世帯となっている。

 ちなみに、大野城市内の雑餉隈町(1~5丁目)は、全域が第一種住居地域(建ぺい率60%/容積率200%)となっており、25年5月末現在で人口1,623人/914世帯となっている。
 そんな雑餉隈エリアにとって、近年で最もホットな話題となったのは、本誌vol.65(23年10月末発刊)でも取り上げた、西鉄高架化と西鉄新駅・桜並木駅の開業だろう。

 これは、福岡県と福岡市、西日本鉄道(株)の官民連携で進められた「西鉄天神大牟田線連続立体交差事業」(以下、立体交差事業)にともなうもので、沿線の踏切渋滞の解消を目的に、西鉄天神大牟田線の鉄道線路を高架化することで、約5.2kmにわたって設置された19カ所(県区間12カ所、市区間7カ所)の踏切を除去するもの。県が春日原駅~下大利駅間の約3.3km、市が雑餉隈駅周辺の約1.86kmのそれぞれの区間の事業主体になっていた。同立体交差事業は03年度に着工し、22年8月には雑餉隈駅から下大利駅までの5.2kmにおよぶ区間の高架化が完了。それにともない、西鉄電車の運行が高架上に切り替わった。それにより、同区間19カ所に設置されていた踏切が撤去され、慢性的な交通渋滞の解消が果たされたほか、雑餉隈、春日原、白木原、下大利の各駅舎がリニューアルされた。

(左)大野城市雑餉隈町 (右)西鉄桜並木駅
(左)大野城市雑餉隈町 (右)西鉄桜並木駅

 そして、同立体交差事業の一環として、西鉄の新駅・桜並木駅が設置され、24年3月に開業を迎えた。西鉄バスの雑餉隈自動車営業所の跡地の一部に設置された同駅は、当初は雑餉隈駅を同地に移転する計画だったが、銀天町商店街などの反対によって新駅設置へと計画を変更して誕生したもの。駅名は一般公募を経て、駅南側の桜並木通りにちなんだ「桜並木駅」に決定した。同駅の開業に合わせて、高架線に沿うかたちで新たな緑道(りょくどう)や駐輪場(300台)、歩車分離を図り安全性を高める目的で交通広場も整備。また、前出の雑餉隈自動車営業所に代わるかたちで、西鉄バスの桜並木車庫も駅近くに設置されている。

(つづく)

【坂田憲治】

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