アメリカの政治混乱がもたらす、日本の安全保障と指揮系統の危機(前)

アジア・インスティチュート理事長
エマニュエル・パストリッチ 氏

 3月24日、自衛隊の陸・海・空を一元的に指揮する「統合作戦司令部」が、東京市ヶ谷の防衛省内に置かれた。これに続いて3月31日、米軍が自衛隊の統合作戦司令部との連携を専門に扱う部署を新設して、港区六本木の米軍施設「赤坂プレスセンター」に拠点を置くことが明らかになった。
 日本政府はこの動きを、在日米軍の「統合軍司令部」へのアップグレードの開始と位置づけており、米軍の指揮下のもとで、米軍と自衛隊による合同軍事作戦が可能になる体制づくりが着々と進められている。

今、危機にある自衛隊の「独立性」

エマニュエル・パストリッチ博士
エマニュエル・パストリッチ博士

    赤坂プレスセンターに設置される予定の統合軍司令部を通じて、今後、米軍は自衛隊の統合作戦司令部を傘下の一部署とすることができるようになる。これによって自衛隊は、ますます独立性が損なわれることになる。日米同盟は口では「同盟」「忠誠」「対等なパートナーシップ」と言っていても、実際には従属的な関係が続いてきた。過去80年間の日本の巨大な経済発展、またそれに対応するアメリカの科学技術の衰退にもかかわらず、在日米軍と自衛隊の間の実質的な指揮系統において対等性がないことは明らかである。軍事に関する協議では、日本からの意見を考慮することなく、ワシントンから政策決定や、 防衛予算増加の要求ばかりがくる。米軍は日本からの助言を決して聞かない。

 トランプになってから、その傾向がますます強く、ひどくなっているが、その「伝統」は長い。アメリカは日本に対し、自衛隊の役割の拡大を要求している。でもそれは、米軍の統合軍司令部に従う指揮系統のなかですることで、たとえ日本政府が、自衛隊を中国との紛争に参加させることを望んでいなくても、米軍の指揮下で自衛隊が中国との紛争に駆り出されていくことを意味しかねない。

 私は、日米軍事協力に見られる危険な構造について、多くの日本の専門家と直接話し合う機会があった。今まで述べてきたように重大な構造上の問題に対する日本人の懸念は明らかだ。しかし同時に、日本人にはあまり理解されていない、あるいはタブー視されているもっと深刻な問題があることも浮き彫りとなっている。

深刻化する軍のテック企業依存

 米軍は、2001年にブッシュ政権が多国籍企業への指揮統制のアウトソーシングによる大規模な民営化を始めて以来、その重要な機能を企業に委託することによって壊滅的な打撃を受けた。今日、米国国防総省の計画や管理の多くは、国家の長期的利益にコミットする軍人ではなく、短期的利益を追求する多国籍企業によって指揮されている。米軍に不可欠な部分を運営する企業の多くは株式が公開されており、米国と利害が対立する可能性のある勢力を含む世界中の未公開株からの圧力にさらされている。こうした企業の利益追求は、米国が巻き込まれる紛争の数を増やす大きな要因となっている。 

 悲しいことに、今日の日本、とくにITの分野でも同じような傾向が見られる。自衛隊の通信、具体的には、かつては自衛隊内で管理されていた指揮統制通信が、オラクル、Google、アマゾン、そして今ではパランティアのようなさらに信頼性の低い企業を含む多国籍企業にアウトソーシングされている。これらの企業は、軍隊のすべての指揮統制通信に使われる通信システムをコントロールしている。

 これらの企業は民営化によって軍にとって必要不可欠な存在となっているが、その役割は法律や国際条約に表記されておらず、規制されていないことが多い。要するに委託を受けている軍産企業は指揮系統の一部であるが、その役割はあくまで不透明である。自衛隊の指揮統制においても営利企業が、単に自衛隊が使用するハードウェアやソフトウェアを提供するだけでなく、販売後もそれを管理し続け、軍が本当の独立行動をとれないことになる。

 しかも、その企業がイスラエルと連携している場合、情報が瞬時にまた恒常的にイスラエルにも伝達されることになる。これらの企業は、その気になれば、集めた情報を第三者に売ることもできる。日本人はこれらの企業がそのようなことをしないと信じているが、保証はない。実際、オラクルやパランティアのような企業は、まさにそのようなことをしてきた事例がある。 

兵器システムの「IT化」という脆弱性

 もう1つ懸念されるのは、日本が購入しようとしている新兵器システムにおいて、自衛隊がソフトウェアのアップデートに依存しすぎていることだ。ソフトウェアのアップデートが常に必要な武器は大変脆いもので多国籍企業がもうけはするが、万が一、苦しい状態になったら、その武器は高い値段にもかかわらず、全く役にたたなくなる。最も基本的な機能をソフトウェアに依存している航空機、戦車、その他の軍用ハードウェアは、機能するために常に更新されなければならず、かなりの費用がかかる。

 多くの場合、そのようなソフトウェアのアップデートは、兵器システムをより効果的にするのではなく、より壊れやすくする。常にソフトウェアのアップグレードを必要とする高度に自動化された兵器システムが優れていると思われているが、そのようなシステムが極めて過酷な環境でテストされることはほとんどない。もちろん、自動化やデジタル化が役立つ場合もあるが、困難な環境下でも兵器システムが機能し続けるよう、細心の注意を払わなければならない。

 兵器のデジタル化やオートメーションに依存しすぎると、電気が来なくなったときに役に立たない。電気がない、あるいは石油がない、あるいはハッキングされる状況はあり得ないと考えるのは浅はかだ。ドローンやロボットのように自動化されなければならないシステムももちろんある。しかし、戦車や飛行機、その他の装備には、手動である方が安全な機能がたくさんある。

 たとえば、自動化されたドアや窓は、手動ドアや窓よりも安全性が低い。しかも電力供給が止まっても混乱が生じないようにするために、通信で制御する仕組みも実装されるべきだとさえいえる。だが実際のところ、何がデジタルで何がアナログや手動であるべきかという決定は、適切な判断が下せる科学者によってではなく、悲しいことに、利益を追求するアメリカの多国籍企業で働くマーケティングの専門家によってなされているのである。


<プロフィール>
エマニュエル・パストリッチ。1964年生まれ。アメリカ合衆国テネシー州ナッシュビル出身。イェール大学卒業、東京大学大学院修士課程修了(比較文学比較文化専攻)、ハーバード大学博士。イリノイ大学、ジョージワシントン大学、韓国・慶熙大学などで勤務。韓国で2007年にアジア・インスティチュートを創立(現・理事長)。20年の米大統領に無所属での立候補を宣言したほか、24年の選挙でも緑の党から立候補を試みた。23年に活動の拠点を東京に移し、アメリカ政治体制の変革や日米同盟の改革を訴えている。英語、日本語、韓国語、中国語での著書多数。近著に『沈没してゆくアメリカ号を彼岸から見て』(論創社)。

関連キーワード

関連記事