国交省・厚労省の概算要求 担い手不足と技能伝承の危機へ対策

別添:「建設業の人材確保・育成に向けて(令和8年度予算概算要求の概要)」国交省HPより
別添:「建設業の人材確保・育成に向けて
(令和8年度予算概算要求の概要)」国交省HPより

建設業の人材危機に挑む

 深刻な人手不足に直面している建設業において、人材確保・育成に多角的に取り組んでいくために、国土交通省(国交省)と厚生労働省(厚労省)は、「令和8年度予算概算要求の概要」で包括的な施策を打ち出した。

 建設業では、高齢化による大量退職が目前に迫る一方、若年層の入職は伸び悩んでおり、技能伝承の途絶が現実味を帯びる。災害対応や地域インフラ維持を担う基幹産業である建設業にとって、持続可能な体制の確立は国家的な課題となっている。今回の概算要求の概要では「人材確保」「人材育成」「魅力ある職場づくり」の三本柱を掲げ、国交省と厚労省が連携して人材危機の克服に挑む構図を示した。

 建設業界は長年、人材確保の難しさに悩まされてきた。建設業の技能者のうち、60歳以上の割合が約4分の1を占める一方、29歳以下は全体の約12%となっている。若年層の割合は全産業平均を下回り、「高齢化と若年層の入職不足」という二重苦が業界を覆う。加えて、2024年4月からは時間外労働の上限制が建設業にも適用され、従来の長時間労働を前提とした就業環境の転換が不可避となった。

 地方に目を転じれば、災害対応や住宅供給を支える担い手不足が顕在化している。頻発する豪雨や地震に備える体制整備も急務であり、技能者の確保は地域社会の安全網そのものに直結する。こうした構造的課題を前に、国は単発的な支援ではなく、制度面・財政面から総合的に産業構造を立て直す方針を鮮明にした。

三本柱の施策体系

 今回の概算要求の概要では、①「人材確保」、②「人材育成」、③「魅力ある職場づくり」の3つをポイントとして挙げている。国交省は制度整備や現場環境の改善に軸足を置く一方で、厚労省は助成金や訓練プログラムを通じて事業者と労働者の双方を支援する。両省が連携することで、入職から定着、技能向上に至るまでの流れを一体化させる点に特徴がある。

入職促進と処遇改善

 人材確保においては、国交省は「担い手確保などを通じた持続可能な建設業の実現」として6.6億円を要求。前年の1.5億円から大幅増となり、重点化が際立つ。ここには、工期設定の実態調査や技術者配置の合理化検討、ICT導入による生産性向上策などが盛り込まれた。入札契約改善支援も拡充し、地方公共団体の発注体制強化を図る。

 また、建設キャリアアップシステム(CCUS)の加入促進を通じて、技能者の適正な雇用と処遇改善を推進。安全衛生費の下請事業者への適切な支払い徹底や、女性・若年層の入職促進に向けた現場環境の改善も進める。さらに、工業高校生や退職自衛官などの多様な層を対象として、業界の魅力を発信する新規事業も盛り込まれた。教育現場との接点拡大も重視され、「つなぐ化」事業に2,900万円を要求。高校・高専の教員や生徒と建設業界を結び付けることで、若年層の理解促進と早期キャリア形成を狙う。

 一方で、厚労省は「建設事業主などに対する助成金による支援」を拡充して70億円を要求。支援対象事業には若者や女性を対象にした「魅力ある職場づくり事業コース」を追加し、入職者が一定期間定着した場合に追加支援を行う。これにより、中小建設事業主が積極的に人材確保と環境改善に取り組むインセンティブを与える狙いだ。

技能伝承の仕組みづくり

 次世代育成に向けては、厚労省が中核を担う。中小建設事業主等への支援に4.9億円、職業訓練「ハロートレーニング」に1.2億円をそれぞれ要求。建設機械操作とITスキルを組み合わせた訓練を継続実施し、CCUS制度の周知も進める。

 さらに、「ものづくりマイスター制度」による実技指導には26億円を要求。熟練者を派遣し、若手技能者に直接指導を行う体制を強化する。技能伝承の基盤を築き、世代交代を円滑に進めるための仕組みである。

働き方改革と災害対応力

 建設業の魅力を高めるには、処遇改善と安心できる職場づくりが欠かせない。国交省は「暮らし維持のための安全・安心確保モデル事業」に132億円を要求。地方の住宅生産担い手不足や大規模災害リスクを踏まえ、災害協定を結んだ事業者グループのモデル的取り組みを支援する。災害時の対応力強化と地域定着を兼ね備えた制度設計が特徴だ。

 厚労省は「働き方改革推進支援助成金」に101億円を要求。建設業を含む長時間労働の実態に即した専用コースを設け、時間外労働規制への対応を後押しする。さらに全国47都道府県に設置された働き方改革推進支援センターに30億円を充当し、労務管理相談やセミナーを通じて情報発信を強化する。

 加えて、雇用管理責任者研修を拡充。基礎講習に加え、若手の定着や技術習得を促す「コミュニケーションスキル向上コース」を新設し、現場の実情に即した教育を提供する。

官民一体の課題克服へ

 建設業は地域経済を支える基幹産業であると同時に、災害大国・日本における社会インフラの維持のために不可欠な存在だ。担い手不足は単なる労働市場の問題だけでなく、国民生活の安全・安心に直結するリスクといえる。今回の概算要求は、国交省と厚労省が役割分担を明確にしながら、課題解決に向けて総合的に動き出す姿勢を示した。

 人材の流入促進、技能伝承の仕組みづくり、そして働き方改革を通じた定着支援。いずれも、短期的効果よりも中長期的な産業構造の再編を視野に入れた施策である。ICT活用や制度合理化は業界の競争力を底上げし、助成金や訓練制度は裾野を広げる。

 持続可能な建設業を実現できるかどうかは、これらの施策が現場にどれだけ浸透し、実効性をともなうことができるかにかかっている。官民一体となった取り組みの行方が、建設業界の未来、ひいては地域社会の安全と発展を大きく左右することになるだろう。

【内山義之】

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