西のゴールデンルート
大阪より西側にある自治体の魅力的な観光資源を広域的な周遊ルートとして発信し、西日本・九州の誘客促進につなげようというのが「西のゴールデンルート」。2023年9月に発足したこの連携運動に、29の自治体、20の広域連携DMO、83の民間事業者など、合わせて145組織が参画し、欧米豪旅行客や高付加価値旅行者の取り込みに臨む。その「西のゴールデンルートアライアンス」が大阪・関西万博内のメッセ会場WASSEに、8月27日(水)から31日(日)までブース出展していた。九州からは福岡市、北九州市、武雄市、長崎市、壱岐市、由布市、別府市、熊本市、宮崎市、鹿児島市が集客に努めたようだ(別図)。
ブース来場者には、それぞれの要望を汲んだ具体的な観光ルートを載せた絵巻物のプレゼントや、この絵巻物をもって期限内(~10/13)に対象自治体を訪れると、お城の入城や温泉に入れるチケットなど、ご当地ならではの体験特典を得られるキャンペーンを実施している。
「ラケット理論」の間尺
観光研究の領域に、「ラケット理論」というのがある。これは、旅行客の自宅(出発地)からの移動距離が長くなると(=ラケットの柄にあたる基本距離が長ければ長いほど、その移動に要した時間を有効活用したいため)、訪問先で周遊する観光範囲も広くなる(=ラケットのフレームにあたる周遊地域が広がる)という考え方だ。せっかく遠くまできたのだから、欲張っていろいろなところをめぐってみようという、いたって小市民的な欲張った行動欲求で、初訪問の際により多くうかがえる傾向といえるだろう。
たとえば北海道からの旅行者が山口県岩国市にある錦帯橋を見物した後、関門海峡をチョイと越えれば九州なわけで、熊本県山都町の通潤橋や長崎市の眼鏡橋も見てみたいと足を延ばし、ならば博多の屋台で長浜ラーメンを食べて北へ帰還する旅程を組む、といったような行動。あるいは、日本のワイン愛好家がヨーロッパ旅行に出かけたなら、フランスのブルゴーニュやボルドー、イタリア・トスカーナのワイナリーやシャトーをめぐるだけで飽き足らず、古参ジョージアの銘柄も味わいたくて、通常ルートには上らない地域を回りたいと旅行範囲を広げること。
フレーム形の捉え方は異なるだろう
ただ、スケール感でいうと、邦人が国内へ出かけるのと海外からの来訪者が旅するのとでは、ラケットの柄の長さは大いに違うわけで、その先で円弧を描くフレームも比例した大きさになりそうだ。人々にとって自国内の旅行は身近なレジャーである一方、海外旅行は回数も限られる贅沢品という捉え方が一般的にあるように思う。
インバウンド客、とくに欧米豪旅行客から見て、世界地図の左端に小さく描かれるニッポンはどう映っているのだろう。ひとたび大洋を越えて出かけたなら、一度きりの訪問になるのかもしれず、主だった観光地をめぐっておこうとなるのだし、それが東京-京都-大阪のゴールデンルートと呼ばれるフレームだ。
極東島国の西は西か?
WASSE会場で出展自治体が「西」という日本国内での方位、括りで採り得る周遊ルートを提示するのを見て、「ラケット理論」が筆者の頭に浮かんだのだが、小さな日本の「西」は広範囲といえるのだろうか?日本国内に暮らす日本人にとって、大阪以西と大阪以東とは異なる面もちの文化圏に思えるだろうが、地球を半周して来日するインバウンド客にとっては、日本国土は広範囲というよりも手頃な“点”に見えていやしないだろうか。
万博にはゴールデンルート絡みのインバウンド客も多く来場しているはずだが、WASSE見学の後、既存の旅行計画を「西」向きに急遽変更、追加することができただろうか。バックパッカーでもない限り、彼らが旅程、資金をフリーハンドで来日しているとは思えない。今回出展のブースで呉越同舟的に展開していた各自治体の情報は、次回の訪日先選びの参考にしてもらえれば了とすべきと考える。
九州に限ってみれば、ラケットの柄の短い韓国や中国からの来訪が圧倒的に多く、フレームは九州を囲う程度かもしれない。他方、旅先での消費額が大きいとされる欧米豪からの客を引き込みたいのが、九州観光業界の長年の課題。欧米豪へもリピーターが増えるにつれ、単に地理的に近接し回りやすいという訴えより、九州絡みのテーマ性をもつツアー提案のほうが良いのではないか。嗜好性の相似で惹かれる地があれば、日本国内の東西南北は彼らにとってないに等しいのではないか。近頃、寿司なら北九州市と富山市で連携しようとしている。餃子なら浜松市、宮崎市、宇都宮市を“デカラケ”のフレームに見立てていける。
今回の万博出展で、さまざまな気付きが得られたはず。西のゴールデンルートの次なる手は、リピート潜在客の嗜好性に合う訪問地をどう選ばせるかという、情報発信戦略に尽きよう。
<プロフィール>
國谷恵太(くにたに・けいた)
1955年、鳥取県米子市出身。(株)オリエンタルランドTDL開発本部・地域開発部勤務の後、経営情報誌「月刊レジャー産業資料」の編集を通じ多様な業種業態を見聞。以降、地域振興事業の基本構想立案、博覧会イベントの企画・制作、観光まちづくり系シンクタンク客員研究員、国交省リゾート整備アドバイザー、地域組織マネジメントなどに携わる。日本スポーツかくれんぼ協会代表。

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