「心」の雑学(17)他人がいると調子が良い?~パフォーマンスの明暗分けるもの~

自分以外にも誰かいると

 カフェや図書館のような場所で、なぜか家よりも仕事や勉強がはかどる、そんな経験はないだろうか。人の話し声がうっすらと聞こえる環境のほうが、妙に集中できるという人も少なくない。あるいは、スポーツの大会やプレゼンテーションの場で、観客や聴衆を前にすると緊張しつつも、普段以上の力を発揮できたという経験を持つ人もいるだろう。その一方で、いつもは難なくできていることが、他人に見られると急にぎこちなくなってしまう、そんなこともあるはずだ。

 こうした「その場に人がいると調子が変わる」現象は、誰にでも心あたりがある身近なものだ。ではなぜ、他者の存在が私たちのパフォーマンスを変化させるのだろうか。今回は、この日常の不思議な現象を、心理学の視点から紐解いていこう。

社会的促進

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    こうした「他者からの影響」を扱うのは、心理学のなかでも社会心理学という分野である。人と人との相互作用を科学的に捉え、他者によるさまざまな社会的影響を扱う学問であり、もちろん今回のテーマである「他者の存在で調子が変わる現象」についても検討されている。他者の存在によってパフォーマンスが向上する現象は「社会的促進(social facilitation)」、逆に下がる場合は「社会的抑制(social inhibition)」と呼ばれ、この分野を象徴するテーマの1つである。

 この研究の原点は、1898年にアメリカのTriplettが行った実験にある。彼は、自転車競技で他者と競うと記録が速くなることを観察し、子どもに釣り糸を巻かせる課題でも同様の傾向を確認した。これが社会的促進に関する最初の研究であり、社会心理学とみなせる研究の最初期のものともされている1

 「人は人に影響される」、私たちからすればごく当然にも思える感覚なのだが、このテーマが心理学に本格的に導入されるのには時間がかかった。科学としての(実験)心理学が誕生した1879年に対して、学問として社会心理学が確立されたのは1920年代だった。というのも、19世紀末の初期の心理学の主流は感覚や知覚の研究であり、他者の存在といった社会的な要因は、むしろ科学研究のノイズとして統制すべきものだったからだ2。私たちが「心理学」と聞いて思い浮かべるような「人と人との関わり」を科学的に扱う研究は、心理学の歴史のなかでは、むしろ後から生まれた分野だったのである。このあたりの歴史の変遷も、心理学の面白いところである。

他者が「存在する」影響

 社会的促進というテーマで研究が進んだことで、この現象の仕組みもいろいろと明らかになっている。では、他者がいるときに良いパフォーマンスが出せるときと、逆に出せないときは何が違うのだろうか。

 研究によれば、他者の存在がプラスに働くかマイナスに働くかは、その課題への習熟度で分かれることが知られている3。単純で慣れた作業では、他者の存在が集中を高めて成果を押し上げる一方、複雑で不慣れな作業では緊張や焦りが増し、動作がぎこちなくなる。たとえばプロの陸上選手は、世界大会の大歓声を背に自己ベストや世界記録を更新することがある。一方、私たちが準備や練習が十分でないまま発表会や演奏会に臨むと、普段の力を出し切れない、ということが起こるのである。

 ちなみに、他者が「いる」といっても、その在り方はさまざまである。隣で一緒に作業している場合もあれば、離れた場所から静かに見ているだけの人がいる場合もある。社会的促進の研究では、この違いに対応するように、共行動効果と観察効果の2つのタイプが区別されている。前者は他者と同時に作業を行う状況、後者は他者が自分の行動を見ているだけの状況である。

 ただし、ここで素朴な疑問が残る。もし他者が「一緒に作業しているわけでも、自分を観察しているわけでもない」としたら、それでも私たちのパフォーマンスは変わるのだろうか?つまり、ただ単純にそこに「他者が存在している」というだけでも、私たちは影響を受けているのではないか、ということだ。

 この問いが、社会的促進の研究を次の段階へと推し進めていくきっかけとなった。しかし、この疑問を検証するためには、どのように研究(実験)をすればいいのだろうか?ここに、心理学の科学としての研究デザインの面白さがある。ヒントは、その後の研究から、人以外の動物においてもこの社会的促進の現象が観察されたことにある。ぜひ一度じっくり考えてみてほしい。次回、その答え合わせをすることにしよう。

1  Triplett, N. (1898). The dynamogenic factors in pacemaking and competition. American Journal of Psychology, 9(4), 507–533. ちなみに社会心理学の最初期の研究とされるものには諸説ある。この論文は、そのなかでよく挙がるものの一つである、ということを補足しておく。
2  このあたりの初期の心理学については第15回の記事で紹介しているので、ぜひこちらもお読みいただけると嬉しい。
3  Zajonc, R. B. (1965). Social facilitation : A solution is suggested for an old unresolved social psychological problem. Science, 149(3681), 269–274.


<プロフィール>
須藤竜之介
(すどう・りゅうのすけ)
須藤 竜之介1989年東京都生まれ、明治学院大学、九州大学大学院システム生命科学府一貫制博士課程修了(システム生命科学博士)。専門は社会心理学や道徳心理学。環境や文脈が道徳判断に与える影響や、地域文化の持続可能性に関する研究などを行う。現職は人間環境大学総合環境学部環境情報学科講師。

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