私の編集者人生で“忘れられない”女性たち(前)報道の自由、去勢されたメディア
『週刊現代』元編集長 元木昌彦 氏
高市早苗がこの国で初めて首相に就いたことで、皮肉なことに、女性に対する風あたりが強くなっている気がする。やっぱり女性は……。だが、私が会った女性たちは聡明で度胸のある人が多かった。なかにはどうしようもない女性もいたが……。(文中敬称略)
「報道の自由」後進国・日本の病巣
国際ジャーナリスト組織「国境なき記者団(RSF)」が4月30日、世界報道自由度ランキングを発表した。
日本の報道の自由度は180カ国中62位。66位の前回より多少上がったものの、“先進国”のなかでは最低に近い。
トランプ大統領のアメリカが順位を7つ下げ64位になったが、今のトランプ大統領のやり方を見ていれば、民主主義は危機にさらされ、言論の自由は蔑ろにされているのだから、日本より下といって喜ぶわけにはいくまい。
1位はこのところずっとノルウェーである。その理由はとてもシンプルだ。ノルウェーは1814年の憲法で「表現の自由」が保障されており、国家の持つ情報は「原則としてすべて一般に公開されるべき」という強い前提があるからだ。ジャーナリストだけでなく、一般市民も政府の公文書に簡単にアクセスできる。
日本のように、情報公開法があっても、出された文書がすべて黒塗りなどというバカなことはない。
諸悪の根源が「記者クラブ制度」にあることは明白だ。雑誌やフリーランスの記者、外国特派員たちさえ入れない閉鎖性は、この国の恥といってもいいだろう。
最近は特派員やフリーのジャーナリスト、私が代表理事を務めている「インターネット報道協会」加入社も若干入れるようにはなったが、あくまでも取り仕切っているのは記者クラブで、我々は「お客さん」でしかない。
首相会見でやり込めるような質問でもしようものなら、すぐに出入り禁止にされる。官邸がやるのではない。官邸詰めの記者クラブがやるのだ。
この一事をとってみても、この国の言論の自由度は“中国や北朝鮮並み”であることがわかるだろう。
記者クラブは、時の政権を監視するためにあるのではなく、政権となれ合い、癒着し、政権側の番犬として存在している。
高市政権と追及しない大メディア
このところ週刊文春砲が高市首相のスキャンダルを連続して報じている。
怪しげな奈良の宗教団体からの献金問題。サナエトークンに高市首相の秘書が関わっていた疑惑。昨年の総裁選や衆院選で、小泉進次郎などの対抗馬たちへの中傷動画の制作疑惑。
しかし、国会で野党から説明を求められても、「自分は知らない」としらを切り、秘書が関わっていたのではないかと追及されると「私は文春より秘書を信じる」と逃げる。
もともと責任を追及されても、真っ向から説明責任を果たさない政治家ではあったが、首相になってからさらにひどくなってきたように思う。
だが、テレビは論外だが、大新聞のどこも、この問題を独自に追及しようというところはほとんどない。
たまに出ても、週刊文春によれば、として、自社ネタではないから真偽のほどはわかりませんと逃げを打つ。
新聞もテレビも、マンガを除けば出版社も、本業では利益は出せず、不動産収入に頼っている現状では、「不偏不党」など絵に描いた餅どころか、新入社員研修でも教えていないのではないか。
既存メディアのなかに残っているかもしれないわずかな「良識派」も、今度できる「スパイ防止法」で息の根を止められることになるだろう。
権力側が隠そうとしている不正を暴こうとすれば、逮捕される危険を冒さなければならないからだ。それを覚悟して、やりきれる記者やジャーナリストも、それを守ろうというメディアも、この国にあるとは思えない。
「希望は小泉今日子」といいたくなる理由
“KYON2”こと小泉今日子が5月2日、3日に日本武道館で行った「還暦記念ライブ」で憲法9条が朗読され、客席に向けて打ち出された銀テープには「戦争反対!! 平和な世界希望!!」と記載されていたことが話題になった。
元アイドルが自身のライブで「憲法改悪反対」を明確に打ち出したのである。
だが、SNSでは小泉に対する罵詈雑言でバズり、「タレントのくせに政治に口をはさむな」という論調が飛び交った。
しかし、高市早苗は自民党大会で自衛隊員に「君が代」を歌わせたではないか。こっちは明らかな憲法違反ではないのか。
高市という女性首相が誕生して国民がお祭りムードに呆けているなかで、高市を含めた自民党員の結党以来の悲願である「憲法改正」を、圧倒的多数の今、一気にやってしまえという“策謀”が進んでいる。
愚鈍なテレビや新聞が、この危険な動きに何もいえないなか、かつての国民的アイドルが「憲法改悪」に明確に「ノー」を突き付けたのである。“歴史的快挙”といってもいい。
アメリカの有名俳優たちはトランプ批判を恐れない。「この世で最悪の人間」(ロバート・デ・ニーロ)「歴史上最大の犯罪者の1人」(ハリソン・フォード)「白人至上主義と人種差別の火に油を注いでいる」(テイラー・スウィフト)と枚挙にいとまがない。
しかし、この国では、平成の治安維持法と批判された「個人情報保護法」が2005年に施行されて以降、テレビは他愛もない寝言を繰り返すコメンテーターという名の俗物ばかりになり、腰抜け新聞は、はっきり改憲反対とはいえず、モゴモゴと口籠もるだけ。
これでは、戦前の先輩記者たちが犯した“過ち”を再び繰り返すことになること必定である。
“去勢された”メディアとSNSのデマ情報に踊らされる“バカ者たち”。そんな絶望的な状況を打破するために立ち上がったのが小泉今日子である。
デビュー当時から「凡百のアホドル」たちとは一線を画していた。いきなり髪をポップなカリアゲショートにして「なんてったってアイドル」の道を1人疾走してきた。
「生きることは恥ずかしいこと」といい切り、「小泉文体」をつくり上げた名エッセイストで、読売新聞の書評欄を10年間続けた読書家でもある。
結婚離婚を経験し、妻子ある男との“不倫関係”も隠さない。政治批判を続け、「『黙れ』といわれても黙りません」と“反骨”を貫く還暦アイドル。
「希望は小泉今日子」
そういいたくなる。
(つづく)
<プロフィール>
元木昌彦(もとき・まさひこ)
『週刊現代』元編集長。1945年生まれ。早稲田大学商学部卒。70年に講談社に入社。講談社で『フライデー』『週刊現代』『ウェブ現代』の編集長を歴任。2006年に退社後、市民メディア「オーマイニュース」に編集長・社長として携わるほか、上智大学、明治学院大学などでマスコミ論を講義。日本インターネット報道協会代表理事。主な著書に『編集者の学校』(講談社)、『週刊誌は死なず』(朝日新聞出版)、『「週刊現代」編集長戦記』(イーストプレス)、『現代の“見えざる手”』(人間の科学新社)、『野垂れ死に ある講談社・雑誌編集者の回想』(現代書館)など。








