天皇は何のためにあるのか?(1)

福岡大学名誉教授 大嶋仁 氏

 以下の文章では敬称を省きます。ご了承ください。

高市政権の失態

 去る4月29日、政府主催で行われた「昭和百年記念式典」で、天皇陛下・皇后夫妻が主賓として臨席していたにもかかわらず、天皇に発言機会が与えられなかった。政府によれば、過去のさまざまな事例を「総合」したうえで、天皇には「ご臨席のみお願いした」のだそうだ。つまり、天皇は発言を遠慮したのではなく、その機会が与えられなかったのである。

 政府主催の式典であれば、天皇に発言の機会を与えないとしても政府の権限内のことであり、とくに問題はない。とはいえ、この式典は昭和天皇の誕生日、すなわち「昭和の日」に設定されており、昭和天皇とその時代を顧みる目的をもつものであるから、その中心は皇室であるはずだ。昭和天皇の孫である天皇陛下・皇后を招いたからには、常識から言って、天皇に発言を求めねばなるまい。それをしなかった政府は、非難されても仕方がないのである。

 このことで政府への非難が高まったのは、しかし当日ではなく、式典の翌日になってからである。宮内庁が「陛下」の式典臨席の理由を公表したのだ。それによると、「陛下」は過去についての「反省」と将来の「平和」を願う気持ちをもって式典に「臨まれた」となっている。このことと、天皇に発言の機会が与えられなかったことを考え併せると、政府は「不都合」な発言が天皇の口から出ないように、事前にこれを封じたということになる。

 もちろん、このような見方を「下衆の勘ぐり」とすることも可能だが、政府のこれまでの動向からして、そうではないと思われる。現政府にとって、戦争に関する反省は「悪しき自虐史観」のなせる業ということになるからだ。

 政府には皇室が戦後ずっと抱き続けてきた歴史ヴィジョンがどういうものか、おおよそわかっている。天皇に発言を求めれば、そこから「反省」とか「平和」といった言葉が出てくることは十分予想できたのである。

 今回の件で深刻なのは、現政権がどういう立場にあろうとも、天皇家のための式典において、天皇の「口封じ」をしたことだ。高市早苗が首相に選ばれたときに、当時の公明党党首斉藤鉄夫が以下のコメントを発表したことを思い出そう。斉藤は「首相は自分と意見の合う人とならいくらでも議論するとおっしゃるが、これはショッキングなことだ。一種の独裁ではないか」と言ったのである。

 仮にも現政権が高市首相のもとに天皇陛下の発言機会を奪ったのであれば、現政権は独裁政治に向かって走っていることになる。由々しき事態であり、容認しがたい。

 政府のこの暴走は、政府の天皇についての認識の欠如に由来する。そこでこの際、私たちにとって天皇とは何なのかという根本に立ち返ってみたいと思ったのである。本稿を「天皇は何のためにあるのか?」と題した所以である。

 現在の天皇は「政治的存在であってはならない」とされている。しかし、にもかかわらず、実際には政治的存在なのである。これは戦後に限ったことではなく、日本という国ができて以来ずっとそうである。徳川時代にはその影が薄くなったかもしれないが、それでも一定の政治への関与はあった。だからこそ、歴代の為政者たちはいずれの時代も皇室を重んじ、あるいはこれを利用するために腐心してきたのである。

 日本の敗戦後の数年間、占領軍の長として日本の政治体制の改革を先導したマッカーサーにしても同じだった。昭和天皇は全部で11回もマッカーサーに会い、戦後日本の方向づけに協力している(豊下楢彦『昭和天皇・マッカーサー会見』)。このことは、日本の政治を天皇なしに語ることはできないということを示す。なのに、それを忘れたふりをし、あるいは本当に忘れたのか、現政権は「無知」を通り越して危険な方向に進んでいる。

 もう十年以上も前のことである。東京でAERAの皇室担当記者に会ったことがある。その記者は当時の天皇陛下について、こう言っていた。「本当に立派な方です。あそこまで国民と海外の人々のことまで気にかけていらっしゃる方はおりません。お父さまである昭和天皇への非難や批判を少しでも拭うために、一生懸命なんですよ。」

 その記者に「海外の人々とは?」と尋ねると、「戦争で日本が多大な被害を与えた国々の人たちのことです。陛下は歴史の勉強をされ、とくにそうした国々のことを心配されてきたのです。」

 そのとき私は思った。「日本の皇室とはそういうものであり、外交は皇室が自らに課した使命なのだ」と。日本にとって皇室がいかに重要なものか、国民はもっと知らねばならない。

 その時以来、私は天皇の役割というものを考えてきた。昭和天皇から上皇さまへ、上皇さまから天皇陛下への意思の継承を考えてきた。とくに昭和天皇の場合は戦前と戦後という非常に重大な2つの時代にまたがっている。この天皇の意味を理解しなくては、またこの天皇がその息子に伝えたことの意味がわからなくては、日本という国はわからないと思うようになった。

(つづく)

関連記事