クマ(野生動物)問題──山から里、そして都会─

福島自然環境研究室 千葉茂樹

 最近の話題は連日「クマ」である。ほぼ毎日「クマ出没」のニュースがテレビで流れる。先日は、福島市でクマがヒトの包囲網を突破して逃走した(リンク1)。

磐梯山における野生動物の動向──山から里へ─

 磐梯山でも、野生動物は里に下りている。

 2026年、山の野生動物は昔の状態に戻った。クマ(野生動物)はいるけれど疎ら(まばら)に住んでいる。野生動物が高密度なのは、人里近くである。

 具体的にいえば、猪苗代の市街地のちょっと磐梯山側に「土津(はにつ)神社」(リンク2)がある。観光客がいっぱい来る。ここは「クマに注意」である。5月と6月に、クマが出てきた(リンク3)。さらに、この近くにはサルもイノシシもいっぱいいる。

 なお、こちらにも書いたが(リンク4)、磐梯山南麓の天鏡台や登山道の翁島口(リンク5)周辺にも、クマが住んでいるので注意が必要である。翁島口の駐車場脇に、クマの通り道(けもの道)がある。

 猪苗代は、ヒトが町の中心部に追いやられ、野生動物が各所に進出してきている。周辺部は、空き家ばかりである。

磐梯山の今昔

 私が磐梯山の地質調査を始めた1979年頃、磐梯山の恐ろしい野生動物は、ツキノワグマだけであった。このころのクマは、里の近くにはおらず、ヒトがあまり入らない山奥に住んでいた。詳しくいえば、80年頃の山には、山奥まで林道があり、比較的山奥でもヒトの手が入り、ヒトは山で仕事をしていた。

 ところが、2000年頃になると、今までヒトが入っていた山は、手入れがされなくなった。と同時に、地球温暖化で冬が暖かくなり始めた。このころから、磐梯山には、それまでいなかったサル・イノシシ・ニホンジカが進出し始めた。

 10年代は、その数が増えてきて、分布域を徐々に「頂上付近」にまで広げた。20年代は、さらに個体数が増えて、それまで見かけなかったところにも、野生動物が進出した。

 25年はとくに目立ち、私がよく行く赤埴山では、サルやイノシシを頻繁に見かけるようになった(リンク6)。サルは、いくつかの群れがあるようであった。イノシシは、10年代は単独行動の個体が多かった。25年は、これらが集団で現れた。クマは個体数が増えたため、新たな場所へ進出してきた。しかも太っていた。

 ところが、26年はこの様子が大きく変化した。

26年の様子

 26年の異変は、頂上域にいたイノシシ・サルを見なくなったことである。私は、今年もこの付近でクマに何度か威嚇されたが、この場所はもともと生息していた場所であった。

 赤埴林道周辺でも、イノシシ・サルをまったく見なくなった。頂上域の野生動物は、昔の状態に戻った。 

画像1

 画像1は、磐梯連峰の南にある峰「赤埴(あかはに)山」から撮影したものである。ここで写真を撮影していると、麓から「野生動物撃退の花火の音」がした。

 山から降りて、山麓の猪苗代スキー場施設を通過すると、路上にサルが見えた。画像2は、スキー場の駐車場にいたサルである。画像3は、望遠撮影である。ちょっと年老いたサルに見える。また、サルが私を見て逃げた際は、食事の最中だったらしく、口の周りに「白い食べた物」が付いている。

画像2

画像3

 翌日、この付近を通ったが、サルはいなかった。ところが、高度にして300mほど麓に、このサルたちがいた。サルたちは、人家近くに降りてきた。

 この付近には、畑や果樹がある。また、別荘が多く、ヒトはあまり住んでいない。フラメンコダンサーの長嶺ヤス子さん(リンク7)の「猫屋敷」もある。この屋敷は、1990年前後、メディアで頻繁に取り上げられ、全国中継もあった。また、「猫の鳴き声がうるさい」との苦情もあった。最近、この近くを通ったが「草ぼうぼうの屋敷」で昔の面影はなかった。90年頃は、ヒトもメディアも猫もいっぱいいたが、現在は閑散としている。

まとめ

 野生動物は、里に「おいしいエサ」があることを学習してしまった。非常にまずい状態である。今後、山にいた野生動物は、里に住み着き、豊富なエサでどんどん増えるであろう。そして、都会へ。由々しき事態である。

 先日の福島市笹木野のクマ騒動(リンク8)のように、クマのほうがヒトより賢い例もみられる。私がいつも言っているように(リンク9)、対症療法ではダメで、根本治療をしなければ、今後もっとひどくなるであろう。次に都市を席巻(せっけん)するのは、イノシシかサルか。私から見れば、行政は後手後手の対応で、まったくお粗末である。

 次回は、「クマ(野生動物)はなぜ賢(かしこ)いのか」を書く予定である。


<プロフィール>
千葉茂樹
(ちば・しげき)
千葉茂樹氏(福島自然環境研究室)福島自然環境研究室代表。1958年生まれ、岩手県一関市出身、福島県猪苗代町在住。専門は火山地質学。2011年の福島原発事故発生により放射性物質汚染の調査を開始。11年、原子力災害現地対策本部アドバイザー。23年、環境放射能除染学会功労賞。論文などは、京都大学名誉教授吉田英生氏のHPに掲載されている。
原発事故関係の論⽂
磐梯⼭関係の論⽂
ほか、「富士山、可視北端の福島県からの姿」など論文多数。

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