寡占化を推進するヤマダ電機(6)競争から再編へ―ベスト電器はなぜヤマダ傘下に入ったのか

ベスト電器の隆盛と衰退

 (株)ヤマダホールディングスは、バブル崩壊による低価格志向の強まりへの対応といった経営努力に加え、テレビのデジタル化、家電の省エネ化による買い替え需要の拡大などという時流に乗り、2001年に業界1位となった。さらに全国展開を加速させ、05年には専門店として初の売上高1兆円を達成した。

 ただ、拡大の一方で、自社単独による成長の限界にも直面しつつあった。デジタル化など特需の反動減のほか、この時期には近い将来に少子高齢化や人口減の影響が強まることが懸念されるようになり、需要の先細りが予見されたためだ。そのため、00年代は家電量販業界の再編が一気に進んだ時期でもあった。

 今回は、再編の動きのなかで、福岡・九州になじみが深いベスト電器と、同社をめぐるヤマダ電機の動きに注目したい。その動向を確認することで、ヤマダ電機や家電量販業界が置かれていた状況がよく見えるからだ。
 ベスト電器は1953年に創業。73年創業のヤマダより長い歴史を持つ家電販売会社である。九州を地盤として発展し店舗網を広げただけでなく、流通大手「ヤオハングループ」との業務提携により海外にも進出した。九州における強力な地盤や地域密着型の店舗網などを背景に、79年には家電量販部門で売上高日本一となり、97年までその状況が続いた。

 ベスト電器が業績を拡大した大きな要因の1つがフランチャイズ(FC)方式による全国展開。80年代から90年代にかけて、ベスト電器は自社で全国に大型店舗を建設するだけではなく、全国各地の地域電器店をFC加盟店として組織化していった。これによって、自前で一から店舗網を構築するよりも少ない投資で全国的な販売網を形成した。

 ところが、90年代後半になって状況が変わる。大規模小売店舗法の規制緩和などを背景に、ヤマダ電機やコジマ、ケーズデンキなどが郊外に大型店を次々と出店するようになった。これらの企業は大量仕入れ、低価格販売、集客力向上、売上増加、さらなる大量仕入れを行う手法を確立した。

 さらにPOSシステムや物流網を整備し、在庫管理や店舗運営を効率化することで、販売価格を引き下げることが可能になった。ヤマダ電機などはこのモデルを徹底し、POSシステムの導入、自社物流網の構築、ローコスト経営によって全国のロードサイドへ大量出店した。

 一方、ベスト電器の強みだったFC網は、こうした新しい競争環境では弱点にもなった。FC店を多数抱えることで全国的な店舗網は形成できたものの、店舗規模や運営方法を統一しにくく、大型店を大量出店して効率を高める競合企業に対して、店舗あたりの販売力やコスト競争力で不利になっていったのである。

一時はビックカメラと資本提携

 ベスト電器はこの変化に対応してFC店を整理し、直営大型店への集約などを進めたが、ヤマダ電機やコジマなどに比べて対応が遅れた。それは売上高の低下のほか収益性の低下にもつながった。ベスト電器のピークは08年2月期で連結売上高は4,135億円だったが、営業利益は54億円で営業利益率は1.3%に過ぎなかった。なお、ヤマダ電機は同期において売上高1兆7,678億円、営業利益 654億円で、営業利益率は3.7%となっていた。

 ベスト電器は09年2月期に売上高が3,719億円と4,000億円を下回り、営業赤字は約9億円。10年2月期には売上高3,456億円、営業赤字52億円、経常赤字57億円、当期赤字374億円と大幅な赤字を計上した。当期赤字374億円は、店舗などの資産価値を見直す減損損失など、事業再構築にともなう大きな損失が発生したことが背景にあり、このころには「売上を伸ばせば利益が増える」という従来型の成長モデルが崩れてしまっていた。

 11年2月期には、売上高3,410億円、営業利益68億円にまで一時的に業績が回復したものの、デジタル化の特需終了で再び業績が低下。12年2月期には売上高2,617億円、営業利益25億円となった。(株)ベスト電器も業績回復のために動いてはいた。06年に(株)さくらやを子会社化、07年にはビックカメラと資本・業務提携したものの、収益力・経営基盤の強化につなげることは叶わなかった。

 ベスト電器とビックカメラの資本・業務提携では、ベスト電器がビックカメラに第三者割当増資を行い、ビックカメラが57億円を出資。ベスト電器の株式9.33%を取得し筆頭株主となった。これには、都市部・駅前型の大型店に強いビックカメラと、九州を中心とした地方・地域密着型店舗に強いベスト電器が、相互の店舗網を補完するなどという狙いがあった。

 そしてもう1つの大きな狙いが、ベスト電器が06年に子会社化したさくらやの再建だった。さくらやは東京・新宿などを中心とする都市型家電量販店であり、ビックカメラと店舗モデルが近かった。ただ、ヨドバシカメラやビックカメラとの競争が激しく、さくらやの業績は回復せず、10年1月に再建のめどが立たないことから、さくらやの清算が決定した。

看板は維持され今に至る

 こうした経緯と、12年当時、ベスト電器は業績・財務基盤の回復を急ぐ必要があったことから、より強力な資本力と商品調達力をもつヤマダ電機との提携が必要になった。ヤマダ電機は07年にビックカメラとの提携が発表された時点で、すでにベスト電器株を6.47%保有していた。そして12年、ヤマダ電機とベスト電器は資本・業務提携を発表し、ヤマダ電機が51.16%を取得、ベスト電器はヤマダ電機の子会社となり、13年にはベスト電器とビックカメラとの資本・業務提携は正式に解消されることとなった。

 その後、ベスト電器はヤマダ電機の事業ノウハウを取り入れ収益力の改善を推進。17年には、ベスト電器はヤマダ電機に完全子会社化され、上場廃止となったものの、ベスト電器の看板は維持され今に至っている。

 02年のエディオン誕生(デオデオとエイデンが経営統合)、06年のビックカメラによるソフマップの子会社化、07年のケーズデンキによるデンコードーの子会社化、同エディオンによる石丸電気(株)の子会社化、12年のビックカメラによるコジマの子会社化など、ヤマダ電機だけでなく、次々に業界再編の動きが巻き起こった。

 それは日本社会が少子高齢化や人口減少という成熟期を迎えるなか、家電だけでは企業の持続性を保てない時代になったことを如実に表す出来事であった。

(つづく)

【田中直輝】

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