沖縄知事選、新人・古謝氏が現職に14万票差 変容する『オール沖縄』と争点の変化

 13日、沖縄県知事選の投開票が行われ、新人で前那覇市副市長・古謝玄太氏(42)が、3選を目指した現職の玉城デニー氏(66)らを破り初当選した。2014年に翁長雄志氏が知事に就任して以来、名護市辺野古への米軍普天間飛行場移設に反対する「オール沖縄」勢力が担ってきた県政は、12年ぶりに交代する。

 最終開票結果によると、古謝氏は42万3,124票を獲得。玉城氏は27万6,060票にとどまり、両者の差は14万7,064票に達した。有効投票71万2,120票に占める割合で、古謝氏は59.4%、玉城氏は38.8%。事前には両氏が激しく競り合うとみられていただけに、結果は予想以上の大差となった。

 前回、2022年の県知事選で玉城氏は33万9,767票を獲得し、自民・公明が推薦した佐喜真淳氏の27万4,844票、下地幹郎氏の5万3,677票を上回って再選をはたした。今回は玉城氏自身の得票が前回から6万3,707票減った一方、古謝氏は42万票を超える結果となった。

沖縄県知事選・最終結果

保守と革新を結んだ「オール沖縄」の変容と退潮

 玉城氏を支援してきたのが「オール沖縄」だ。ただ、その政治的な構成は、発足当初から大きく変化している。14年の県知事選で、当時自民党系だった翁長雄志氏を中心に、辺野古移設反対を共通項として、保守政治家、共産・社民などの革新政党、市民団体、県内経済界の一部が合流したのが「オール沖縄」だった。翁長氏が掲げた「イデオロギーよりアイデンティティー」が象徴するように、その最大の特徴は、従来の保守対革新という対立軸を越えたことにあった。

 翁長氏の死去を受けて行われた18年知事選では、その枠組みを継承した玉城氏が39万6,632票を獲得。自民、公明などが支援した佐喜真氏の31万6,458票に約8万票の差をつけて初当選した。

 ところが、その後、オール沖縄は変容していく。象徴的なのが、発足時から経済界の中核を担った金秀グループが、選挙支援の軸足を自民側へ移したことだ。同社の呉屋守将氏は21年、琉球新報社のインタビューに対して、辺野古埋め立ての是非を問う県民投票で反対の意思はすでに示されたとして、「辺野古をファーストイシューにするつもりはない」と発言。「基本的には保守中道が金秀グループのスタンス」として自民党候補の支援を明言していた。

 辺野古反対によって結び付いていた保守・経済界の一部が離れる一方、オール沖縄は次第に革新・リベラル系勢力の比重を高めていった。今回の知事選でも、玉城氏には共産、立憲民主、社民、沖縄社会大衆党などが支援を表明した。

 その後、オール沖縄の退潮が結果として明らかに現れる。22年の名護市長選ではオール沖縄側の候補が敗れた。24年の県議選では定数48のうち玉城県政を支える与党勢力は改選前の24議席から20議席に後退し、自民などの野党・中立勢力が28議席を占め、県政与党は過半数を失った。さらに今年2月の衆院選でも県内4小選挙区を自民党がすべて制していた。

「経済」を訴えた古謝氏、「辺野古」の印象を背負った玉城氏

 今回の選挙戦で両陣営の訴えを見る。

 古謝氏は辺野古移設については容認する立場を明確にしながらも、選挙戦では基地問題をできるだけ前面に出さなかった。「暮らしを豊かにし、産業を活性化する」とインフラ整備や経済政策を中心に訴えを展開した。

 一方の玉城氏は、2期8年間の県政実績を訴えるとともに、辺野古移設反対の姿勢を鮮明にした。選挙戦では「辺野古は絶対に完成できない。絶対に認めない」と宣言し、辺野古新基地建設阻止を従来通り訴えた。もっとも、玉城氏の政策が基地問題だけだったわけではない。過去最高となった県予算、県税収入、観光客数、観光収入などを実績として打ち出し、経済成長の恩恵を県民の所得や中小企業へ循環させる「循環型経済」を掲げた。

 しかし、選挙戦全体の印象では、古謝氏が「県政刷新」「所得」「経済」を前面に出したのに対し、玉城氏は「実績の継続」と「辺野古反対」をより強く背負ったかたちとなった。

【寺村朋輝】

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