なぜ中国では人が増えても売上が伸びないのか

中国経済新聞 2026年10月号掲載記事にデータ・マックスで編集を行ったものです。

客数は増えても売上の伸びは追いつかず

 今年の国慶節、中国・山東省の観光地では少し微妙な現象が起きていた。10月1日から3日まで、山東省が重点的にモニタリングする200の観光地では、来訪者数が前年同期比でそれぞれ5.2%、16.3%、12.3%増加した。一方、営業収入の伸び率は3.3%、13.5%、8.9%にとどまった。3日間とも、観光客の増加率が収入の増加率を上回ったことになる。

 同じ傾向は観光地だけではない。中国商務部が重点的にモニタリングする78の歩行者天国・商業エリアでは、今年上半期の客数が前年同期比5.1%増えたのに対し、売上高は2.8%増にとどまった。中秋節期間も、客数が6.4%増加した一方、売上高の伸びは5.1%だった。

 人は増えている。しかし、売上はそれほど増えていない。これを単なる「消費不振」とみてよいのだろうか。

「旅行しない」のではない1回の支出を抑える

 全国の観光データを見ると、この変化はさらに鮮明になる。2024年までは旅行消費額の伸びが旅行者数の伸びを上回っていたが、25年以降、この関係が逆転し、26年上半期まで続いている。

 旅行者は増えているのに、1回の旅行で使う金額は減っている。25年の1人1回あたりの旅行消費額は前年比で約5.7%減少し、26年上半期にもさらに約3.2%減った。

 つまり、中国の消費者は「旅行に行かなくなった」のではない。旅行には行く。ただし、1回の旅行で使う金額を抑えるようになったのである。

 「消費をやめた」のではなく、「1回あたりを抑えている」。これまで中国の実店舗ビジネスでは、客数は非常に分かりやすい指標だった。駐車場が満車になり、レストランに行列ができ、観光地の写真が人で埋め尽くされれば、そのまま消費の増加を意味していた。

 ところが今は違う。客数は増えている。それでも、1人、1回あたりの消費額が縮小している。

所得が増えても財布は慎重に

 この違いは大きい。家計の財布は慎重になっているが、それでも生活そのものを止めているわけではない。その背景には、家計心理の変化がある。

 前年は所得と消費支出の伸びがほぼ同じだったのに対し、26年上半期になると、1人あたり可処分所得は5.2%増えたものの、消費支出の伸びは3.7%まで低下した。都市部住民では、所得が4.4%増えたのに対し、消費支出の伸びは3.0%にとどまった。

 所得は増えている。それでも、新しく入ってきたお金をすぐには使わなくなっている。

 さらに、住宅資産をめぐる不安も家計心理に影響している。26年上半期の1人あたり財産所得はわずか1.1%増にとどまった。1~8月の新築住宅販売額は前年同期比13.0%減少。8月の中古住宅価格も、二線都市で前年同月比4.9%、三線都市で5.6%下落した。

 給与明細の数字が多少増えたとしても、住宅資産の評価額が大きく下がれば、家計が感じる安心感は別のものになる。だからこそ、消費者は支出を完全に止めるのではなく、調整しやすい部分から慎重になっている。その代表が旅行やレジャーだ。

「年1回の大旅行」から「週末の小旅行」へ

 旅行は家計のなかでも比較的調整しやすい。同じ連休でも遠くの都市へ行くこともできれば、隣の都市まで日帰りすることもできる。3泊することもできれば、1泊だけにすることもできる。有料の観光施設に入ることもできるし、無料の博物館や公園で過ごすこともできる。

 つまり、旅行には「行く」「行かない」の二択しかないわけではない。その間には、数百元から数千元までの幅広い価格帯が存在する。

 たとえば、これまで年間3回旅行し、1回1,000元(約2万1,000円)使っていた家庭があるとする。年間の旅行支出は3回×1,000元=3,000元(約6万3,000円)となる。これが旅行回数を4回に増やし、1回の支出を800元(約1万6,800円)に抑えれば、4回×800元=3,200元(約6万7,200円)となる。

 年間の旅行支出はむしろ6.7%増えている。しかし、旅行回数は33.3%増え、1回あたりの消費額は20%減った。このような変化なら、「旅行需要が弱くなった」とは言い切れない。減っているのは1回の消費の強度であり、旅行に行く頻度は維持、あるいは増えている。

 その変化を表すのが、「年1回の大イベント」から「週末の小旅行」へのシフトだ。休暇をまとめて取り、高速鉄道や飛行機で遠くへ移動し、ホテルに数泊して観光施設に入り、名物料理を食べ、お土産を買う──。そうした旅行だけでなく、近場で短時間楽しむ旅行が増えている。

 中国旅游研究院の「国内旅游発展年度報告2025」でも、中国国内旅行の特徴として「短時間・高頻度」が指摘されている。マイクロバケーション、県域観光、いわゆる「逆方向観光」など、新しい旅行スタイルが広がっている。

旅行需要の構成も変化 農村住民の伸びが目立つ

 もう1つ重要なのが、旅行者そのものの構成変化だ。25年には、農村住民の旅行者数の伸びが都市住民を上回った。

 都市部と農村部では、所得水準だけでなく、旅行距離、ホテルの利用率、交通手段、旅行スタイルなどが異なる。そのため、新たに増えた旅行需要が短距離・県域・周辺型の旅行に偏れば、全国平均の1回あたり消費額は自然に押し下げられる。

 しかも、これは新しい旅行者だけの問題ではない。都市住民の平均旅行消費額も、24年の約1,128元(約2万3,700円)から、25年には約1,061元(約2万2,300円)へ低下している。つまり、既存の旅行者自身も1回あたりの予算を削っている。

 新しい短距離・高頻度の需要が平均値を押し下げる一方、従来から旅行してきた人も支出の強度を落としているのである。

安く遊べる選択肢が急速に広がる

 消費者が旅行を小さく分解できるようになったのは、安く遊べる選択肢が増えたからでもある。

 2025年には、中国国内の登録博物館は7,188館に達し、無料開放率は91%を超えた。年間の来館者数は15.6億人に達している。公園、博物館、歴史地区、古鎮、公共文化施設など、「外へ出ること」自体にはほとんど入場料がかからない場所が増えている。

 さらに25年には、各地で1万件を超える文化・観光関連の消費促進策が実施され、補助金の規模は合計260億元超となった。日本円にすると約5,460億円に相当する。

 地方の観光インフラも改善している。高速鉄道や自動車によって、これまで「旅行先」だった都市が、今では2~3時間圏内の週末生活圏になった。ホテルや民宿の選択肢も増え、スマートフォンでは宿泊料金や飲食店のクーポンを簡単に比較できる。

 かつて旅行は、1つの小さな「プロジェクト」だった。交通を調べ、ホテルを予約し、チケットを買う。ところが今の週末旅行は、「天気を見る」「地図アプリを開く」「今夜安いホテルを探す」といった感覚で決められる。

「節約しながら楽しむ」新しい消費スタイルへ

 今年の国慶節に山東省で見られた光景は、こうした変化を象徴している。

 観光客は増えている。旅行に行く回数も減っていない。しかし、1回の旅行に大きなお金を使うのではなく、近場へ行き、滞在を短くし、無料・低価格の施設を利用し、宿泊や食事も比較しながら選ぶ。

 人が増えているのに売上が同じようには伸びないのは、消費者が旅行をやめたからではない。旅行の仕方と、お金の使い方そのものが変わっているからだ。

 中国の消費市場では今、「節約しながら楽しむ」という新しいスタイルが広がりつつある。


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