2024年12月23日( 月 )

【読者投稿】「徹底告発/福岡大・朔学長の裏面史」に寄せられたご意見(11)

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福岡大学本来の自由・闊達・情熱の校風を取り戻そう

 最近、他大学の友人から、メールが届いた。「福岡大学朔学長の業績を見て、大笑いした。福大全体の研究レベルが、疑われるぞ。」と、あった。そのメールに少し腹も立ったが、「然り」と納得せざるを得なかった。

 朔学長の業績集が、彼自身の研究レベルを下げたのは自業自得である。しかし、福大全体の研究の信頼を失墜させたのだ。私は自分なりに、研究に対し真摯に取り組み、「科学の発展」「福大の発展」のために努力してきた。しかし、朔学長の低品位かつ低品質の業績のために、すべてを失った感を抱く。「怒り」を通り越して、「悔しさ」と「焦燥感」が頭をよぎる。福大研究者の多くが、同じ思いを抱いていると思う。

 福岡大学のHP中の業績・研究者情報を開くと、情報公開の目的が次のように、記されている。「本学の研究者情報を紹介しています。この情報は、多くの方々に本学職員の研究活動を公開し、共同研究研究相談、または進路・進学などに広く活用していただくためのものです」。

 朔氏の業績のほとんどが、この目的に合致したものとはいえず、まったく異質のものが並んでいる。その詳細は、シリーズの「徹底告発・朔学長の裏面史」で指摘されているので、ここでは割愛する。要は、朔学長の業績は、水増し・誇大・滑稽を含む品位のない、低品質のものである。単なる自分の「思い出集」に過ぎない。それをあえて自慢げに業績として公表したのは、彼の「自己顕示欲」からであろう。そして、彼の本来の性格、「自己顕示欲」と「権力志向」が「権威主義」につながり、朔学長による「福大の独裁化・私物化」、さらに「恐怖政治」に走っていったと推察できる。朔体制が続けば、「恐怖政治」により、福岡大学本来の自由・闊達・情熱の校風が奪われる。

 ところで、私が最も懸念するのは、「二重投稿」の実態である。朔学長の業績のなかには、シリーズのなかで指摘されているように意図的な「論文のダブル・トリプルカウント」が多数存在する。私の懸念は、このことではない。極めて悪質な「二重投稿」の疑惑が存在することである。

 業績のなかに、同様の(あるいは、同一の)タイトルの論文が多数存在する。本来、理系学部の研究論文は、自分のオリジナルな研究内容を、社会に広く公表するために、査読付きの雑誌(世界に研究を発信できる雑誌)に投稿する。「二重投稿」とは簡潔にいえば、「同一の原稿(研究内容)を同時に複数の雑誌に投稿すること」である。その雑誌や研究内容は、トレーサビリティー(追跡可能)が必須の要件である。論文中の研究内容は当然のこと、研究データ(図表など)も同一のものの掲載は厳しく禁止されている。場合によっては研究結果の信憑性を確認するための追試実験も行われる。

 このトレーサビリティが実施できないのである。なぜか?朔学長の投稿雑誌の多くが閲覧できないのである。この雑誌は朔学長の私的なもので、国会図書館にも所蔵されていないからである。現在、取りざたされている一連の朔学長の業績問題は、いずれ文科省の知るところとなるであろう。そうなれば、文科省から査察あるいは事情聴取があるだろう。そうなったとき福大のダメージは計り知れない。その前に、自浄努力の一環として、第三者委員会を立ち上げ、本件を調査すべきである。

 以上のように、朔学長の業績には低次元から悪質なものまでさまざまな疑惑が存在する。低次元のものであっても福岡大学にとっては、大きな影響がある。朔学長は気づいていない(気づいていないふりをしている)のかもしれないが、他大学の多くの研究者から、朔学長の研究業績を見て、「福岡大学全体の研究レベルが低いと誤解される」との忠告を受けていることを真剣に考えるべきである。

 この疑惑はさておいて、福岡大学にとってさらに大きな問題があると感じている。2019年に実施された朔氏の学長選挙についてである。この選挙の時点で、朔氏は3000報以上の研究業績を公表していた。これは、明らかに業績詐称である(本人も認めている)。

 国政や地方選挙などで、学歴や職歴詐称が大きな社会問題になっている。学長選挙において選挙人は、研究業績を見て、候補者の教育・研究、また指導者としての資質を測り、そのうえで学長としての人物評価の判断基準とする。業績詐称は、この正当な判断を大きく損なったといえる。本来なら、当時の選挙は無効で、学長選挙をやり直すべきである。とくに、信任投票では、朔氏に対し、それまでの学長選挙に比べ、圧倒的多数の不信任票が投じられた。当時、この業績詐称が明らかになっていれば、不信任になっていたはずである。業績詐称は、福岡大学の大きな不祥事と捉えるべきである。

 福岡大学の一部では、一連の報道をネガティブキャンペーンとして無視し、やり過ごそうとしているとのことである。朔学長による独裁・恐怖政治を封殺し、福大本来の自由闊達な議論・討論し、問題解決ができる体制をつくろう。福岡大学は、今、信頼が失墜しようとしている。再び社会から信頼を得て、飛躍するために、今こそ、朔学長が起こした不祥事を真剣にとらえ、徹底究明し、本来の福岡大学の校風を取り戻し、信頼と魅力を勝ち取るべきである。

【福岡大学理系学部教育職員】

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