2024年11月21日( 木 )

味噌が味噌でなくなる日~消えゆく伝統と地域性

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 食品を摂取する際の安全性の確保、そして、自主的かつ合理的な食品選択の機会を消費者に提供することを目的に、2013年、食品表示法が制定された。同法では、たとえば「みそ」、「しょうゆ」などの各食品の基準を設けて、基準から外れた食品に製造者が勝手に名称を与えることを防止したり、また、食物アレルギーの表示についても規定することで、アレルギー患者にとっては最悪の事態を未然に防ぐための一助となっている。
 一方で、食品を提供する側にとっては厳密な基準が悩みの種にもなっており、三方よしの状況を生み出しているとは言い難い。

愛媛県宇和島からの投げかけ

 始まりは、愛媛県宇和島市で麦味噌造りに取り組む井伊商店、三代目店主からの投げかけだった。
「当店の味噌が『味噌』と名乗れなくなりそうです。」

 店主によるTwitter上でのこの呟きは、SNSで拡散され、大きな反響を呼んだ。どうやら愛媛県宇和島保健所・生活衛生課・食品監視グループから、井伊商店の造る『宇和島麦みそ』は麦味噌と表示できない、商品パッケージにも味噌の二文字を使用できない、と指導を受けた様子だ。

 井伊商店は創業60年を超える老舗味噌屋。地元愛媛県が生産量日本一を誇る「はだか麦」を麹にして、先祖代々から伝わる製法で宇和島麦みそを造りあげてきた。今では地域の特産品として愛されており、地域住民はもちろん、県外、海外の購入者も増えているという。

 そんな歴史ある宇和島みそが、なぜ味噌を名乗れないのか。その理由は原材料にあった。宇和島みそは麦と塩だけで造りあげる味噌。原材料に大豆が含まれておらず、だからこそ大豆アレルギーの人も安心して食べられるという利点があるのだが、その特徴が食品表示法の前では“足かせ”となっている。

 食品表示法における「食品表示基準」が定義する味噌とは、麦味噌を含め、大豆を使用したものとされている。つまり、宇和島みそは食品表示法上は味噌として認められない食品ということになり、味噌と名乗ることは、「消費者に内容物を誤認させる」として景品表示法における違反と見なされることになる。

福岡市の答えも愛媛県と同様

麦味噌 イメージ    この表示問題は他人事では済まされない。福岡市の保健医療局生活衛生部に問い合わせてみたところ、「食品表示に関しては、食品表示法において、食品表示基準が定められており、事業者はその基準を遵守して、表示しなければなりません。本市において、同様の事例はございませんが、事業者から相談があれば、食品表示基準に基づき、適正な表示をするよう指導することになります」と、愛媛県と同様の対応をとる旨の回答だった。

 実は、原材料に大豆が入っていないことで事業者に混乱が生じたケースは、味噌が初めてではない。美しい琥珀色の見た目と、素材の味を生かすまろやかな口あたりで、究極の白醤油とも評される愛知県三河地方の「しろたまり」。この醤油も、原材料に大豆が含まれていないことから、法律上は醤油と名乗ることができなくなっている。

議論が活発化することに期待

 食品表示法の目的は理解できるが、有無を言わさぬ行政判断は、造り手の創意工夫や、これまで紡いできた伝統・文化といった地域性を否定することにつながりかねない。地方創生や、多様性を認めるSDGsの達成に逆行する動きともいえる。

 今回の件に関して、消費者庁にも問い合わせてみたが、出稿までに回答を得ることはできなかった。制定から10年目の節目を前に、井伊商店の投げかけを契機として、食品表示法について議論が活発化することを期待したい。

▼井伊商店HP
https://iimiso.com/

【代 源太朗】

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