2024年10月21日( 月 )

【鮫島タイムス別館(30)】立憲を甘やかすな!議席を増やせば勝利ではない〜政権交代の有無こそが勝敗ライン

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勝敗ラインをめぐる自民の権力闘争

 マスコミは衆院総選挙(27日投開票)の情勢調査で「立憲民主党は30~40議席を伸ばす勢い」と一斉に報じている。総じて「自民苦戦・立憲健闘」の分析だ。多くの人は「自民が負け、立憲が勝つ」と受け止めているだろう。

 はたして本当なのか。

 衆院定数は465、過半数は233。自民党の解散時議席は258(非公認を含む)で単独過半数を握っていた。公明党の32と合わせて巨大与党を形成していたのである。立憲は98しかなかった。極めて弱小の野党第一党だったのだ(日本維新の会41、共産党10、国民民主党7、れいわ新選組3と続く)。それほど前回総選挙(2021年)にボロ負けしていたのである。

 立憲は発射台が低い。しかも自民党が裏金批判の大逆風を浴びている。総選挙の小選挙区は「与野党一騎打ち」を想定した制度だ。自民批判票の多くは野党第一党に流れる。立憲が議席を積み増すのは当たり前。議席を伸ばすだけでは「勝利」とは言えないはずだ。

 では、どれほど議席を伸ばせは「勝利」といえるのか。この基準を政界では「勝敗ライン」と呼んでいる。それより下回れば「敗北」であり、党首は政治責任が問われ、引責辞任を迫られる。

 石破茂首相は勝敗ラインを「自公与党で過半数」と表明した。自公政権を維持する最低ラインの議席数だ。自公は解散時に過半数を大きく上回る290議席を有していた。石破首相の勝敗ラインでは、自公が57議席減らしても「勝利」となる。

 さすがに自民党内からは、総裁選の決選投票で高市早苗氏を支持した反主流派を中心に「自公で過半数は甘すぎる」「自民が単独過半数を割れば敗北だ。総選挙後に石破おろしに動く」という声が噴出している。

 石破首相は党内基盤が極めて弱い。総選挙後の「石破おろし」を封じるために甘めの勝敗ラインを設定して予防線を張ったのだ。反主流派は納得しておらず、勝敗ラインの設定そのものが党内闘争の主戦場になっている。自公与党の過半数維持は「対野党での勝利」にすぎず、「党内闘争の勝利」には直結しないといっていい。

 勝敗ラインとはそういうものだ。各々の政治家が有利に政局を運ぶために、どこに勝敗ラインを設定するかでしのぎを削る。マスコミがどう報道し、勝敗ラインの相場感がどこに設定されるかが、権力闘争の行方を大きく左右する。

政権交代への本気度が疑われる立憲

 立憲はどうか。野田佳彦代表は総選挙の目標として①自公過半数割れ②立憲が比較第一党(自民を上回る)の2つを上げ、その結果として③政権交代を実現すると訴えている。野田代表自身は「勝敗ライン」と明言していないものの、これを「勝敗ライン」と位置付けるべきだろう。

 現在の衆院選挙制度は全国289選挙区で与野党一騎打ちを想定し、「政権選択の選挙」と位置付けられる。与党と野党のどちらに政権を委ねるのか、「自民党の石破総裁と立憲民主党の野田代表のどちらを首相にするのか」という二者択一を有権者に迫っている。それが二大政党制だ。

 本来、立憲民主党の勝敗ラインは「野党で過半数」を獲得し「政権交代を実現する」(自民党を野党に転落させて立憲中心の新政権を誕生させる)ことだ。裏を返せば「政権交代」を実現できなければ「立憲は敗北」(野田代表は引責辞任!)と認定するのが、二大政党制の鉄則である。

 二大政党制は、与党第一党が与党勢力をまとめ、野党第一党が野党勢力をまとめて全国の小選挙区で一騎打ちの構図をつくりあげることを想定している。現に自民党は公明党と選挙協力して与党候補を一本化している。他方、野党勢力は立憲、維新、国民、共産、れいわが候補を乱立させ、一本化はほとんど進まず、一騎打ちの構図をつくれていない。野党陣営は選挙前から「総崩れ」なのだ。

 この原因はひとえに野党第一党の力量不足による。少数野党は比例票の上積みを目指し、小選挙区には勝てる見込みがなくてもできる限り候補を擁立する。野党第一党がそれを押さえ込むには、少数野党が勝てそうな小選挙区で譲歩する代わりに少数野党が勝てそうにない小選挙区では候補を取り下げさせる「バーター」を責任をもって進め、野党各党の利害を調整するしかない。

 ところが立憲は自らの議席増ばかりを優先し、野党のリーダーとして野党各党の利害を調整する努力を放棄した。その結果、野党候補が乱立したのだ。それでも立憲単独で政権交代を果たせるのなら良いだろう。しかし、その力は今の立憲にはない。立憲も「弱小野党の1つ」として、「政権交代」よりも「立憲の議席増」を優先したのである。そもそも「政権交代」に本気ではなかったのだ。

二大政党制の鉄則に沿った政治・選挙報道を

 野田代表は立憲が単独で過半数を獲得することはハナからあきらめ、①自公過半数割れ②立憲が比較第一党という2つの目標を掲げ、それによって③政権交代を実現させると訴えているのである。

 けれども、マスコミの情勢調査の多くは「自公与党は過半数獲得」と伝えている。そのとおりになれば、立憲が30~40議席を伸ばしても、自公政権は継続し、とても「立憲の勝利」と呼べる政治状況にはならない。

 自公与党が過半数割れしても、野党がバラバラな状況では、野党各党が総選挙後の国会で一致結束して野田代表を首相に担ぎ出し、野党連立政権が誕生する可能性はほとんどない。むしろ維新か国民が与党に加わって連立政権の枠組みが2党から3党へ拡大する可能性がはるかに高い。

 野田代表は「政権交代」に不可欠な野党連携に本腰を入れていないにもかかわらず、実現可能性が極めて低い「政権交代」を有権者に声高に訴えている。「政権交代」への期待感を煽って「立憲の議席増」につなげ、「立憲は躍進」と認定し、政権交代が実現しなくても代表の座に居座るつもりなのだろう。極めて不誠実な態度としかいいようがない。

 「立憲が30~40議席を伸ばす勢い」というマスコミ報道は、「政権交代」こそ勝敗ラインであるという二大政党制の鉄則を棚上げし、「議席の増減」で野党の勝ち負けを認定するものだ。「自民党は万年与党、社会党は万年野党」だった30年前までの中選挙区時代の発想である。「野党は議席が増えれば勝ち」という認定で野党を甘やかしてきた結果が、現在の野党の体たらくを生んだのだ。

 10月27日の投開票日の夜、自公過半数割れが実現せず、政権交代の可能性が閉ざされたら、マスコミが「立憲敗北」と認定して野田代表の進退を問うことを強く望みたい。二大政党制の鉄則に沿った政治・選挙報道に転換しない限り、野党はいつまでも強くならない。

【ジャーナリスト/鮫島浩】


<プロフィール>
鮫島浩
(さめじま・ひろし)
ジャーナリスト/鮫島 浩ジャーナリスト、『SAMEJIMA TIMES』主宰。香川県立高松高校を経て1994年、京都大学法学部を卒業。朝日新聞に入社。政治記者として菅直人、竹中平蔵、古賀誠、与謝野馨、町村信孝ら幅広い政治家を担当。2010年に39歳の若さで政治部デスクに異例の抜擢。12年に特別報道部デスクへ。数多くの調査報道を指揮し「手抜き除染」報道で新聞協会賞受賞。14年に福島原発事故「吉田調書報道」を担当して“失脚”。テレビ朝日、AbemaTV、ABCラジオなど出演多数。21年5月31日、49歳で新聞社を退社し独立。
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