2025年01月02日( 木 )

福岡城の天守復元に向けた今後の焦点(後) 地方の自己決定権としての文化財活用

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中央による文化財管理行政の曲がり角

 「福岡城天守の復元的整備を考える懇談会(ふくふく懇)」が、福岡城天守について「復元的整備」の基準クリアーを狙ったものの、現時点でそれが果たせなかったことは、一見、目論見が外れたともみえるが、むしろ福岡市が前面に出る前に論点が絞られたといえる。

 すなわち、福岡の宝である福岡城跡の利活用を阻んでいるのは、「忠実な復元」を建前に不合理な基準をふりかざす文化庁であることが明白になった。このことは、日本各地の地域の宝である文化財の保護と利活用において、中央の管理行政が曲がり角にきていることを示している。

 文化財・史跡には国が率先して管理保全すべきものと、地域に根差したものとして地域との一体性のなかで生かされるべきものとがある。地域にあって動かすことができない史跡、なかでも都市の一部となっている史跡は後者のなかで最たるものだ。

地域を豊かにする歴史

 近世城下町として建設された福岡にとって、福岡城はその中心にあって当時の姿を残す巨大な遺構であり都市アイデンティティの中核となるものだが、明治以降、その重要さは不当に忘れ去られている。その一方で私たちは、奈良がかつて平城京と呼ばれた都であったことを日本史として知っている。個人的に親しみがない他所の土地については「日本史」として知っていながら、普段生活しているまちの歴史を知らないというのは、近代の中央集権国家が恣意的に創出した国民の歴史認識に他ならない。

 地域に生活する人にとっては、普段生活する地域の歴史こそが日常の生活空間を豊かにするものである。また海外から多くの観光客を迎えるようになった各地域では、地域に根差した歴史や文化の掘り下げが経済的側面においてもこれまでになく求められている。だが、文化庁の姿勢は、奈良の平城京は8世紀のものだから不十分な資料で整備可能だが、福岡城天守のような近世建築物は、他城で写真や設計図が残っている場合もあるのだから福岡城でもそのような史料があってしかるべし、それがなければ整備を認めないなどというもので、中央集権的な歴史観から地域の歴史に優劣をつける文化庁は、各地域における文化財の利活用を支援する資質を著しく欠いていると言わざるを得ない。

 あるいは、文化庁が厳しい基準で復元を阻止しなければ、それぞれの自治体が文化遺産を滅茶苦茶にしてしまうとでもいうのだろうか? 半世紀以上前に各地で天守が濫造された時代とは状況がまるで異なっている。まず、ふくふく懇は、学術的な根拠に基づいて福岡城の天守復元を論じている。福岡市も福岡城の櫓の復元整備などですでに実績を積み重ねている。また、貴重な遺構を保護しながらその上部に施設を建てることも、薬師寺東塔などの例もあるように現代の技術であれば十分可能だ。

 歴史をいかした「まちづくり」には、ハード面の整備ばかりでなく、ソフト面の力も必要だ。福岡城の魅力を地域住民や観光客に伝えるにあたっては、すでに市民ボランティアが重要な役割をはたしている。ボランティアは文化財をいかす人の力であり、文化財を近くで見守る目でもある。ボランティアは文化財の利活用における市民の重要な発意であり、ボランティアの存在こそが「復元」に魂を吹き込む力となる。市民の発意を十分に尊重した行政判断が、これからの文化財利活用には求められている。

引き続き歴史学的実証の努力が必要

 ふくふく懇は天守復元に向けた課題のクリアーをどのように考えているのだろうか。

 20日のふくふく懇の会見で山中伸一座長は、文化庁に対して引き続き丁寧な説明が必要とした。これは福岡市に対する次の提言項目にも示されている。

提言項目
(1)官民一体のさらなる調査
  1.福岡城天守の全容解明に向けた史資料収集および分析
  2.福岡城天守台およびその付近における発掘調査など

 今月10日にも、福岡教育大学の収集資料から天守について記述した新資料が発見されたと発表があった。発見された資料は福岡城の天守が実在していたと推定される時期(1607~20年頃)のものではなく、あくまでも天守について話を聞いたということを伝える1640~50年ころの文書であるが、伝聞する内容の詳しさなどから、天守の実在を示す有力な証拠の1つと見られている。このように膨大に残された近世資料の分析はまだ途上であって、今後も新しい証拠が出てくる可能性は十分にある。

福岡城の天守復元は、地方の自己決定権の問題

 天守の実在性に関する証拠集めは復元の歴史的正当性を裏付けるために重要なことだ。だが本件の本質はもっと別のところにある。すなわち、天守を復元すべきかどうかは、畢竟、福岡市民が自分たちのまちをどのようにしたいかという問題として、その観点から最終的に判断されるべきということだ。

 ふくふく懇の報告書は、天守復元の決定について次のように記す。

(前略)民主主義的プロセスを経て天守の復元が決定された暁には(後略)

  これは2つの意味を含むと見なすべきだろう。すなわち、文化庁の専横的判断に対して、福岡が民主主義的に自己決定権を勝ち取るということと、それとともに、天守の復元を行うべきかどうかを福岡市民の意思として民主主義的に決定するということだ。

 そのために必要なこととして次のように記す。

提言項目
(2)福岡城に対する市民意識の向上
(3)市民が歴史を考える機会の創出

 福岡市民の意思決定に向けた施策の必要を述べている。そしてこれは先にも述べた文化財をいかすソフト面の醸成に必要な施策でもある。また、現時点では課題の中心ではないが、資金の拠出に当たっては地元企業の協力が欠かせず、その下地づくりとしても重要だ。

 福岡城の天守復元については現時点でその歴史的実在性に焦点があてられがちだが、もっとも大切なことは過去がどうであったかではなく、これからの福岡のまちづくりをどうしたいかという未来の問題である。地域にある貴重な歴史遺産を未来のためにどう利活用したいか、それは市民が自分たちのまちの未来をどのようにつくっていきたいかという問題として、市民の主体性が問われる問題である。

 これは福岡城の天守にとどまらない。日本各地に近世城郭の復元を阻まれている例があり、同様の問題に直面している自治体と連帯することができる。また、8月に行われた市民フォーラムでは、当時の文部科学副大臣である今枝宗一郎氏がビデオメッセージを寄せ、地域の活性化において城や天守がはたす役割の重要さや、文化庁も市民の想いや地域の歴史を理解して未来志向の施策をとるべきとの見解を示した。このようにさまざまな方面から、福岡城の天守復元に向けた機は熟しつつある。

 福岡城の天守復元は、地方のまちづくりにおける文化財利活用の自己決定権として、地方が勝ち取るべき権利の問題である。このような意識のもとに本件が市民の議論の俎上にのぼり、ひいてはまちづくり全体への市民の意識向上につながることが期待される。

(了)

【寺村朋輝】

(中)

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