2025年02月01日( 土 )

【特別寄稿】巨大プラットフォーマーが経済生態系をつくる時代 それを利用してニッチを見つけるものが生き残れる(前)

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作家 橘玲 氏

 テクノロジーの指数関数的な進化によって、世界は大きく変わりつつある。そのなかで生き残るには、環境の変化に素早く適応できなければならない。このとき参考になるのは、40億年かけて生き物たちが試行錯誤して生み出した進化の戦略だ。巨大プラットフォーマーが多様性を生み出し、次々と変化していく経済環境では、中途半端な大企業ではなく、フットワークの軽い野心的な個人や中小企業が主役になっていくだろう。

テクノロジーは未知の世界へ

 百科全書のような知識をもち、世界の主要言語をすべて理解し、人間と区別がつかない受け答えをする生成AIが登場したことで、テクノロジーは新たな段階に入ったとされる。遺伝子をワープロのように編集するクリスパーキャス9、ビットコインを生み出した改ざん不可能な電子帳簿ブロックチェーン、さらにはナノテクノロジーや合成生物、脳とインターネットを接続するブレイン・マシン・インターフェイスなど、テクノロジーの指数関数的な進化によって、かつてはSFだったものがどんどん現実化している。わたしたちはこれから、どのような世界に放り込まれることになるのだろうか。

 これについての1つの答えは、「わからない」だ。イノベーションとは、これまで誰も思いつかなかったようなアイデアを実現することなのだから。

 もう1つの答えは、「あなたが望んでいるものは(いずれ)すべて手に入る」だ。商品やサービスの開発が失敗する理由は、値段が高かったり、使い勝手が悪いなど、何らかの欠陥があってひとびとが欲しがらなかったからだ。それに対して大きな成功を手にするのは、iPhoneのように、みんなが熱狂的に求める製品を開発したからだ。技術の進歩とともに、わたしたちの欲望は満たされ、それが新たな欲望を生み出す。こうして経済は成長していくのだ。

ベルカーブとロングテール

 いま起きていることを、統計学でいう正規分布とべき分布で説明してみよう。とはいえ、これは別に難しい話ではない。

 正規分布はベルカーブともいわれ、平均付近にほとんどの出来事が集まり、極端なことほど起きなくなる。戦後の日本社会はベルカーブ型で、ゆたかさの分布では平均的な資産・収入が最も多く、極端にゆたかなひとや、極端に貧しいひとは少なかった。国民の多くが、「自分は中流」と思っていたのだ。

ベルカーブの世界

 それに対してべき分布はロングテールとも呼ばれ、ほとんどの出来事は小さな値の付近に集まるが、恐竜の尻尾のようにテールがどこまでも伸びていって、そこでは「とてつもなく極端なこと」が起こる。ゆたかさの分布でいえば、テールの端には資産30兆円を超えるイーロン・マスクやジェフ・ベゾスのような大富豪がいる。ロングテールの世界

 その一方で、日本人の家計を見ると、10世帯に1世帯は貯蓄がなく、中央値はおよそ1,000万円だが、負債保有世帯の中央値は1,400万円だ。すなわち典型的な日本の世帯は、住宅ローンを組んでマイホームを購入したことで、金融資産よりも多額の負債を抱えている。この大多数が、日本社会のショートヘッド(短い頭)を構成している。

 日本だけでなく世界のほとんどの国で中流が崩壊し、上級国民と下級国民に二極化するロングテール化が進んでいる。その理由は皮肉なことに、第二次世界大戦が終わってから、わたしたちが「とてつもなくゆたかで平和な社会」を謳歌しているからだ。

 戦争や内乱、革命のような混乱が起きると、社会の富は破壊され富裕層は零落し、みんなが平等に貧乏になる。それに対して平和な社会では、収入や資産のわずかな差が積み重なり、複利で増幅されることで、経済格差が拡大していく。

 国境のないグローバルな市場もロングテール化を促進する。AmazonやGoogle、Appleが典型だが、世界中の商品やサービスに自由にアクセスできるようになれば、消費者が最もすぐれたものを選ぶのは当然だ。こうして、世界市場を支配する巨大プラットフォーマーが生まれた。

競争の本質は競争しないこと

 このような時代の転換点で重要なのは、環境の変化に合わせて「進化」することだ。そしてこれは、生き物たちが40億年かけて試行錯誤し、生み出した戦略が参考になる。

 競争という意味では、自然と市場はよく似ている。市場経済では、より効率的な企業が非効率な企業を淘汰していく。消費者は、より良い商品やサービスをより安く提供してくれる業者を好む。この巨大な圧力によって、社会はよりゆたかに、より快適になっていく。

 それに対して自然界では、より強い(正確には、より環境に最適化した)生き物が、弱い生き物を淘汰していく。資源(食料)が限られているゼロサムゲームでは、より多くの子孫をつくるにはライバルの資源を奪う以外にない。

 この残酷な競争原理によって、環境が均一であれば、1種類の生き物だけが生き残ることになる。それが良くわかるのが南極で、厳しい自然環境に適応できたのはペンギンなどごく少数の生き物だけだ。

 それに対して環境に多様性があると、ライバルと異なる戦略を採用することで、競争を避けられる。アフリカのサバンナでシマウマとキリンがのんびりと過ごしているのは、シマウマは草原の草を食べ、キリンは高いところにある木の葉を食べるというようにエサ場を分けているからだ。シマウマと同じ草を食べる草食動物は競争に敗れて絶滅し、違うところにある草を食べる動物が生き延びた。

 ここから、「競争が激しければ激しいほど、生き物は競争を避けるようになる」ことがわかる。なぜなら、競争には大きなコストがかかるから。その結果、生き物たちは競争せずに棲み分けるようになった。常識に反するが、「競争の本質は競争しないこと」なのだ。

(つづく)


<プロフィール>
橘玲
(たちばな・あきら)
2002年、国際金融小説『マネーロンダリング』でデビュー。同年、「新世紀の資本論」と評された『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』が30万部を超えるベストセラーに。06年『永遠の旅行者』が第19回山本周五郎賞候補。『言ってはいけない 残酷すぎる真実』で2017新書大賞受賞。

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