【連載】コミュニティの自律経営 広太郎さんとジェットコースター人生(29)
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元福岡市職員で、故・山崎広太郎元市長を政策秘書などの立場で支えてきた吉村慎一氏が、2024年7月に上梓した自伝『コミュニティの自律経営 広太郎さんとジェットコースター人生』(梓書院)。著者・吉村氏が、福岡市の成長時期に市長を務めた山崎氏との日々を振り返るだけでなく、福岡県知事選や九州大学の移転、アイランドシティの建設などの内幕や人間模様などについても語られている同書を、NetIBで連載していく。
【第二章】山崎広太郎市政の挑戦
第一章では、僕のジェットコースター人生の視点で山崎市政に触れてきたが、ここでは山崎市政の8年間に直接光を当てて、エポックメーキングな出来事を中心に紹介していきたい。
平成10年(1998)11月15日の市長選の結果、盤石と思われていた現職を破って広太郎さんが当選することとなった。この選挙結果に、文字通り市役所は震撼したという。福岡市にとって、現職もしくはその後継者が選挙で敗れることは戦後初めてのことであり、まさに政変だった。そうしたなかで誕生した山崎広太郎新市長は、明確な公約を掲げ市民の負託を得ており、以後、福岡市政はその公約を基軸に展開することとなった。
選挙公約は公開質問状への回答とともに、総務局企画調整部に集められ、それぞれの項目について、現状、課題、具体的な政策が整理されていった。選挙が終わってそれほど時間は経っていないと思うが、企画調整部長だった鹿野至さんに呼ばれて「公約はこういう整理をしたが、どうか」と聞かれた。我が子を里子に出したような気分というのが正直なところだったが、公約は生煮えのところも多かったので、「未熟児をしっかり育ててもらって、ありがとうございました」と返事した。半分本音で、半分日和っていたかもしれない!?
広太郎さんから、あるときこう言われた。「吉村、大きな船の舵を大きく切ったらいかん。船が大きく軋むし、荷崩れを起こす。舵をしっかり握って、じわっと切っていくんだ」と、「1年でできないことは4年かかってもできない」と、はやる僕の手綱を締めていたのだろうか。こうも言っていた。「素のままで行くぞ」と。知らないこと、わからないこともいろいろあるし、力足らずもあるだろうが、知ったかぶりをしないし、わかったふりをしない、虚勢も張らないという自らへの戒めだったのだろう。
今にして思えば、選挙に勝つには勝ったものの、第32代福岡市長就任は当然のことながら、広太郎さんにとっても途轍もないプレッシャーだったはずである。ちなみに130年を超える福岡市政史上、市長と市議会議長の両方を務めたのは、大正から昭和初期に第8、9、12、13代市長、第34代市議会議長を務めた久世庸夫氏と第32、33代市長、第57、58代市議会議長を務めた山崎広太郎氏の2人のみである。このことは、きちんと顕彰されなければならないはずである。
「起の巻」~何を変えようとしたのか
広太郎さんがまずは1期目、何に取り組んだのか、2期目の選挙に臨むにあたって、「山崎広太郎後援会/澄まそう福岡・市民の会」が、平成14年(2002)9月に発行した『私の一期目 山崎広太郎の挑戦』を辿ってみる。
◇印が広太郎さんの草稿 ◆印は僕が見てきた景色の対比である。初登庁~緊急景気対策融資の実施発表
◇「私は市長選挙の公約のトップに地場中小企業向けの融資拡大のため、新たに200億円規模の融資枠の確保をあげていました。年末を控え融資を実行し年越しに活用してもらうとすれば残された時間は限られていました。市当局の意見は、これまでの融資実績からして新たな200億円の融資規模の拡大はいわば天文学的な数字であり、とても消化できないので新たな融資枠の設定は無理であるというものでした。しかし選挙戦を通じて厳しい経済状況のなか、融資への期待は極めて切実かつ大きい一方、そうした商工金融資金の制度そのものについてあまりにも知られていないこともわかっていましたので、融資枠設定の実行について強く市当局に指示し、また地場中小企業者への効果的な周知を図るため、私の初登庁の記者会見と同時に緊急景気対策融資の創設を発表できるよう準備を進めてもらいました。私にしてみれば、融資制度以上に福岡市政は地場中小企業とともにあるというメッセージを伝えることがとても大切であるとの思いがありました。幸いマスコミ各社にも大きく扱っていただき、市当局もやると決まったら業界団体を通じたPRなどを積極的に行ってくれました。極めて有利な金利の設定もあって大きな反響をいただき、翌年3月までの間に関係者の予想をはるかに超える4,608件、約190億円の融資が実施されました。市役所の常識からすればとんでもない額の融資制度であったかもしれません。私は、行政はとかく役所の窓からものを見がちで、これからは市民の生活実感に根ざした市民の常識にかなう行政運営に舵を切り変えることの重要性を改めて肝に銘じたのでした。」
◆担当局長から電話をいただき、「予算技術上、12月議会で増額予算を組んでも消化できなければ、2月議会での減額補正が必要である。補正予算案の提出期限を踏まえると、融資期間は一月程度となり、200億円の融資枠は天文学的数字である」とのことだった。僕は議会事務局職員の経験があり、議案処理の困難性がわかるが故に、動揺した。勘の良い西日本新聞のK記者が「さっそく公約違反ですか?」と衝いてきた。広太郎さんに報告したが、こういう説得をたくさん受けてきただけに、「つまらんことを吹き込まれるな」と一喝された。そして、現場の課長さんから、「やります!」との一報。市長初登庁に間に合うようにしっかりとした内容に組み立ててくれた、初登庁の記者会見で発表できた効果は絶大だった。この公約は広太郎さんが中小企業者の生の声、悲鳴を聞くなかで生まれたものであり、制度があっても知られていないこともわかっていた。この手の融資は焦げ付きやすいとの懸念の声もあったのだが、結果としては極めて完済率が高かった。市長の決断に市民が見事に応えてくれたものと思う。やはり机の上でものを考え、役所の窓からものを見がちな行政の限界を痛感するとともに、これが政治の醍醐味かと、忘れられない一件になった。
市長就任を前に
◇初登庁前に私は市役所の外で重要政策について大まかなレクチャーを受けることにしました。選挙戦のなかで本市におけるサミット開催に、私が消極的であると受け止められているということもあって、いの一番のレクチャーはサミット問題でしたが、アイランドシティや九大移転、国際会議場など私が公約で大規模事業の一斉再点検の対象にあげていたものを中心にお願いしました。しかし、このレクチャーを数日間にわたって受けながら、私は不思議な思いに駆られていました。私は5期20年市議会議員を務めており、そのうち6年間は議長の職にありました。その間、議員の立場の私は一貫して当局の既成事実を聞かされ、ひたすら説得を受け続けてきました。しかし数日後には市長に就任しようとする私の前で、これまでと同じような説明が延々と続いていったのです。「厳しい財政状況のなか、こういう目的で始めたけれど、こういう状況の変化があって、こういう問題を抱えている、どうしたらいいだろうか」という話が聞けるのではないかと期待していましたが、すべての事業が問題なく粛々と進行しているということでした。行政組織の病理と言われる「間違いがない―無謬性」「一度始めたら止められない―継続性」「悪い情報は上に上げない、出さない―秘匿性」などの悪しき慣習が私の市長としての戦いの標的になって行くと覚悟せざるを得ませんでした。
◆このときの呆れ果てたというか、静かな怒りに満ちた広太郎さんの表情は忘れられない。レクチャーの相手は多くが局長、部長達だが、広太郎さんからすれば、若いころからよく知っているメンバーであり、どこかに正直な声が聞けると期待していたのかもしれない。その分失望が大きかったのだろう。初日は一人で行って、2日目からは僕が同行した。「吉村が、同席している」というのは、すぐに庁内に広まったようで、僕の耳にも入ってきた。皆、よく顔を見知った上司や先輩達。僕自身の身の振り方は決まっていなかったが、それはとても居心地の悪いものだった。軽率には僕も発言しないが、どこかで「市債残高が2兆2,300億円で、新規プロジェクトを積み上げると2兆円を超えますが、どう思いますか?」と問うたが、「それは財政の仕事だ」と正直過ぎるほどの返事で、問題の所在が見えた気がしたし、目に見えるかたちでの大規模事業の一斉再点検作業が欠かせぬものだとの確信も得たと思う。
(つづく)
<著者プロフィール>
吉村慎一(よしむら・しんいち)
1952年生まれ。福岡高校、中央大学法学部、九州大学大学院法学研究科卒業(2003年)。75年福岡市役所採用。94年同退職。衆議院議員政策担当秘書就任。99年福岡市役所選考採用。市長室行政経営推進担当課長、同経営補佐部長、議会事務局次長、中央区区政推進部長を務め、2013年3月定年退職。社会福祉法人暖家の丘事務長を経て、同法人理事。
香住ヶ丘6丁目3区町内会長/香住丘校区自治協議会事務局次長/&Reprentm特別顧問/防災士/一般社団法人コーチングプラットホーム 認定コーチ/全米NLP協会 マスタープラクティショナー
著書:『パブリックセクターの経済経営学』(共著、NTT出版03年)『コミュニティの自律経営 広太郎さんとジェットコースター人生』
著 者:吉村慎一
発 行:2024年7月31日
総ページ数:332
判サイズ:A5判
出 版:梓書院
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