人体の加齢と健康長寿、20歳から100歳までの身体機能マップ(1)加齢とは何か
人は何歳から老い始めるのか。筋肉や骨は若年期にピークを迎える一方、語彙力や状況判断力は60代まで伸びるなど、身体機能の加齢曲線は一様ではない。本稿では、公的統計や学会ガイドライン、査読論文を基に、20歳から100歳までの変化を臓器別・年代別に整理。健康寿命を延ばすための実践策や、90歳以降に機能を維持するための要点を紹介する。
ところで、医学情報の最大の落とし穴は、確立された事実と、有望だが未確定の仮説が同じ調子で語られることである。本レポートでは、すべての記述を以下の三段階で区別し、本文中に記号で示す。
老化・加齢・疾患を区別する
加齢について語るとき、最も多い混乱は「年をとること」と「病気になること」を同一視することである。この二つを分けることが、本レポート全体の出発点となる。
1-1 三つの概念を分ける
医学的には、以下の三つを区別して考える必要がある。
この区別が実務上なぜ重要かというと、介入できる余地が全く違うからである。生理的加齢そのものを止めることは現在の医学ではできない。しかし、病的加齢の部分は生活習慣の改善で実際に減速させられるし、疾患は治療対象になる。高齢者の機能低下を見たとき、「もう年だから」で片づけるか、「介入可能な部分がどこか」を探すかで、その後の経過は大きく変わる。
よくある誤解―「年のせい」の危険性
高齢者が「最近疲れやすい」「歩くのが遅くなった」と訴えたとき、本人も周囲も「年のせい」と解釈しがちである。しかし実際には、甲状腺機能低下症、貧血、心不全、うつ病、薬剤の副作用など、治療可能な原因であることが少なくない。加齢を理由に検査を見送ることは、治せる病気を見逃すことにつながる。
1-2 臓器は同時に老化しない
人体を一つのまとまりとして「老化する/しない」で捉えると、実態を見誤る。各臓器・各機能は、それぞれ異なる年齢でピークを迎え、異なる速度で低下していく。
たとえば、最大酸素摂取量(持久力の指標)は30歳前後にピークを迎え、以後は低下を続け、高齢になるほど低下が加速する。一方、語彙力や状況判断力といった「結晶性知能」は、60代にピークを迎えることが複数の研究で示されている。同じ50歳の人体の中で、すでに20年低下し続けている機能と、まだピークに達していない機能が同居しているのである。
この非同期性が、本レポートの中心的な主題である。次章以降の「臓器別ピーク年齢マップ」は、この考え方を一枚の図に集約したものになる。
1-3 健康寿命という指標
個人の加齢を考える上で、社会全体の座標を知っておくことは有用である。日本において最も重要な指標が「健康寿命」――日常生活に制限のない期間――である。
「令和4年簡易生命表の概況」(いずれも2022年/令和4年値)
図1-1平均寿命と健康寿命(2022年/令和4年値)。
緑が健康寿命、赤茶が平均寿命との差=「不健康期間」。
2022年の日本人の平均寿命は男性81.05歳、女性87.09歳。これに対し健康寿命は男性72.57歳、女性75.45歳である。その差は男性で8.49年、女性で11.63年にのぼる。これが、日常生活に何らかの制限を抱えて過ごす期間である。【確】
この数字が意味すること
一般に「人生100年時代」と語られるが、統計が示すのは「元気に動ける期間」は男性で概ね72歳前後、女性で75歳前後までという現実である。65歳で退職した場合、制限なく過ごせる期間は平均して7〜10年程度にすぎない。一方で、この不健康期間は2010年から2022年にかけて男性で0.73年、女性で1.14年短縮している。集団レベルでも改善は可能だということでもある。
1-4 加齢のメカニズム―なぜ機能は落ちるのか
分子レベルの老化研究は近年急速に進展しているが、「老化の原因はこれ一つ」という単純な答えは見つかっていない。現在、複数の生物学的プロセスが相互に絡み合って進行すると考えられている。主なものを整理する。【推】
【表】
重要なのは、これらのプロセスの速度が生活習慣に強く影響されることである。喫煙・慢性的な運動不足・低栄養・睡眠不足・慢性ストレスは、いずれも上記の複数のプロセスを加速させることが確認されている。逆に、運動は少なくともミトコンドリア機能と慢性炎症の両方に好影響を及ぼすことが繰り返し示されている。【推】
(つづく)
【Hayate Kirishima】








