障害者・高齢者・児童・外国人に共通する構造
2016年7月26日、神奈川県相模原市の知的障害者福祉施設「津久井やまゆり園」で入所者19人が刺殺された事件から、26日でちょうど10年を迎えた。相模原市では追悼式が営まれ、遺族や関係者が犠牲者19人に黙とうを捧げている。元職員だった加害者は「意思疎通のできない重度障害者は不幸を作ることしかできない」と主張し、自らの犯行を正当化した。
事件後、社会福祉施設等における虐待防止のための法整備や監視体制の強化が図られてきた。しかし10年間の統計を追うと、密室化された環境下での虐待は減るどころか、複数の領域で過去最多を更新し続けている。

増え続ける虐待件数
障害者福祉施設従事者等による虐待の相談・通報件数は、14年度の1,746件から24年度には5,870件へ、虐待判断件数も311件から1,267件へと、10年で4倍以上に増えた。虐待を受けた障害者の約7割は知的障害者で、なかでも障害支援区分4以上の重度者が半数近くを占める。
高齢者施設でも同じ傾向がある。施設従事者等による虐待判断件数は16年度の452件から23年度には1,220件と約3倍に急増し、4年連続で過去最多を更新した。養護者による虐待の相談・通報件数は4万1,814件で、12年連続の増加である。
児童虐待はさらに数値の伸びが大きい。児童相談所の相談対応件数は16年度の10万3,286件から23年度には22万5,509件へと2倍以上に膨れ上がった。24年度は22万3,691件と統計開始以来初めて微減したが、こども家庭庁は「高止まりに変わりはない」としている。
そして技能実習生など外国人労働者。24年の監督指導では、実習生を使用する事業場の73.2%(1万1,355事業場中8,310事業場)で労働基準関係法令違反が確認された。特定技能外国人を使用する事業場でも違反率は76.4%にのぼる。
なぜ、狙われるのか
障害者、高齢者、児童、外国人労働者。属性の異なるこの4者が、そろって虐待の標的になり続けているのには、共通する構造がある。同じ構造は、精神科病院の入院患者や、ひきこもり当事者、受刑者にも当てはまる。
まずは、給料や生活費を払う相手に逆らえない、という単純な事実である。技能実習生は原則として実習先を変えられない。今の職場を追われれば、母国に残した借金の返済も日本での生活も立ち行かなくなる。上司に不満を口にすれば失うものが大きすぎるという構造は、非正規雇用で働く多くの労働者にも重なる。児童にとっての親、重度障害者や認知症高齢者にとっての支援者も、生活のすべてを委ねている点では同じ位置にいる。稼ぐ手段、暮らす場所が一つしかない限り、その相手に逆らうという選択肢は現実には存在しない。
次に、「うまく言えない」ことが、そのまま「なかったこと」になる構造だ。認知症のある高齢者の訴えは「本人の勘違い」として片付けられやすい。知的障害のある人が体調不良や苦痛を訴えても、周囲がそれを正確に受け止めなければ、記録にも支援計画にも残らない。技能実習生が被害を訴えても、雇用主側の説明が優先されることは珍しくない。声を上げれば解決するという前提そのものが、声を受け取る側の余裕や技量に左右されているのが、介護や労働の現場の実情である。
そして、その現場が外から見えないという事実である。深夜のシフト、実習先の工場、老親と同居する家庭の中で起きていることは、そこで働く人・暮らす人にしか分からない。第三者の目が定期的に入る職場は少なく、閉ざされた空間である点は施設も家庭も変わらない。相模原事件の加害者も、外部の監視が届きにくい入所施設という環境の中で犯行に及んでいる。
「意思疎通ができない」という加害者の論理
相模原事件の加害者は、「意思疎通のできない重度障害者」を標的として選んだ。この論理は、実は上に挙げた3つの構造──権力の非対称性、声を上げる手段の欠如、社会的な不可視化──が極限まで重なった状態を、そのまま言い当てている。声を上げられない人、逃げ場のない人を選んで支配する構造は、事件という特殊な凶行の中だけでなく、統計が示す通り、家庭や施設や職場の日常の中に今も広く存在している。
この論理に対抗する原則は、実はすでに私たちの足元にある。24年4月、障害者差別解消法が改正され、飲食店や小売店を含む民間事業者にも「合理的配慮」の提供が努力義務から法的義務へと変わった。この法律のもとになっているのが、国連障害者権利条約第12条が示す「意思決定能力存在の推定」という考え方だ。重度の障害や認知症があっても、「能力がない」と排除するのではなく、十分な支援さえあればすべての人に「自分の人生を決める能力がある」という前提から関わりを始める、というものである。
これは決して抽象的な理念にとどまらない。福岡市が「認知症フレンドリーシティ」の実現に向けて普及を進めているケア技法「ユマニチュード」も、根っこは同じ発想である。目線を水平に合わせて正面から見つめる「見る」、肯定的な言葉で穏やかに話しかける「話す」、手のひら全体で広い面積に触れる「触れる」──重度の認知症でどんなに反応が乏しく見える人に対しても、「この人には受け取る力がある」という前提でケアを組み立てる技法だ。声を上げにくい人を初めから「何もわからない存在」として扱うのではなく、意思をくみ取る手立てを尽くすことが、虐待の温床となる構造そのものへの対抗軸になる。
「わが身」のこととして
「子ども叱るな来た道だ、年寄り笑うな行く道だ」という言葉がある。子どもの未熟さを叱るのは自分もかつてそこを通ってきたからであり、老いた人を笑うのはこれから自分もそこを通っていくからだ、という戒めだ。
障害者、高齢者、児童、外国人という属性に共通する構造は、特定の誰かだけの問題ではなく、この「来た道」「行く道」の延長線上に、誰もがいつか置かれうる構造でもある。相模原事件から10年、統計が示しているのは、事件の記憶が風化する一方で、この構造そのものは変わらず存在し続けているという事実である。
【石橋雅子】
※相模原事件の加害者は、強烈な自己愛と自己顕示欲に満ちた人物だとされる。その暗い欲望に加担することは避け、本記事ではあえて「加害者」と表記した。
▼関連リンク
【障害者虐待に関する調査結果】
厚生労働省「令和6年度都道府県・市区町村における障害者虐待事例への対応状況等に関する調査結果」
【高齢者虐待に関する調査結果】
厚生労働省「令和5年度『高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律』に基づく対応状況等に関する調査結果」
【児童相談所における児童虐待相談対応件数】
こども家庭庁「児童相談所における児童虐待相談対応件数」関連資料(※令和6年度の数値等を含む公表資料のPDFリンク)
【外国人労働者(技能実習生・特定技能)への監督指導状況】
厚生労働省「外国人技能実習生又は特定技能外国人を使用する事業場に対して行った令和6年の監督指導、送検等の状況を公表します」









