「好きなことを勉強していい」の先にあったもの ─サンクスラボ・福祉と労働の縦割り(前)
「なんでもいい」という指示
想像してみてほしい。
給料をもらいながら、好きな勉強ができる。勉強の内容はなんでもいい。誰からも咎められず、自分のペースで、ただ好きなことに時間を使っていい──。
聞けば、悪くない話に思えるかもしれない。だがこの状態が、来る日も来る日も1年間続くとしたらどうか。試験もなければ、成果を見せる相手もいない。上司の指示も、同僚との会話も、雇用主からの評価もない。ただ机に向かい、時間だけが過ぎていく。
これは架空の設定ではない。那覇市に本社を置き、全国約50拠点で障害者雇用ビジネスを展開してきたサンクスラボ(株)が、2019年から一部の利用企業に導入していた「研修型」と呼ばれるプランの実態である。今年に入り、この仕組みが法定雇用率の水増し報告や、障害者の実質的な放置につながっていたとする報道が相次いだ。

「1年で交換」という設計
研修型は、形式上は一般企業が障害者を直接雇用する体裁を取りながら、実際には最長1年間、表計算ソフトの自己学習や資格取得の勉強に時間を費やさせるプランだった。雇用先の企業から実務が切り出されて与えられることはなく、契約更新も最初から予定されていない。「1年ごとに人材を入れ替える」ことを前提に設計されている点が、この仕組みの核心である。
この「入れ替え」は、法律上の重大な問題をはらんでいる。障害者雇用促進法が法定雇用率の算定対象として認める常用雇用労働者には、期間の定めがないか、1年を超えて雇用される見込みがあることという要件がある。最初から「最長1年、更新なし」と決まっている雇用はこの要件を満たさない。にもかかわらず、この仕組みを利用した企業の一部は、こうした労働者を常用雇用労働者として毎年6月1日時点の雇用状況を国に報告する、いわゆる「ロクイチ報告」に含めていたとされる。毎年メンバーを交換すれば雇用率を維持できるという発想は、言い換えれば、算定要件を満たさない短期雇用を常用雇用と偽って報告し続けることの別名だった。
加算金が生む「循環」
なぜ、あえて1年での退職を前提とする不自然な仕組みが採られたのか。着想の元にあったとみられるのが、障害福祉サービスの報酬制度に組み込まれた「就労移行支援体制加算」である。
福祉事業所の利用者が一般企業に就職し、6か月以上継続して就労すると、その利用者を送り出した福祉事業所には国から加算という形でボーナス報酬が支払われる。サンクスラボ社は自社グループ内で就労継続支援A型・B型事業所を運営しており、「研修型」でちょうど1年働いて退職した障害者は、再び同社の福祉事業所へと戻る仕組みになっていたという。
事業所に戻った利用者は再び日々の福祉サービス利用実績に応じた公費(訓練等給付費)を発生させ、一定期間の後、また別の企業へと研修型で送り出される。これが繰り返されるたびに新たな就労定着の実績が生まれ、加算金の算定対象になる。
企業の雇用率を監督する労働行政と、福祉事業所の報酬を監査する福祉行政は互いのデータを突き合わせる仕組みを持たず、労働側から見れば水増しであるものが、福祉側から見れば書類上要件を満たした適法な加算請求として通ってしまう。この行政の縦割りの隙間が、仕組みの土台になっていたとみられる。
独自ルールが生まれる瞬間
ここまでは、収益構造の設計の話である。だが、この設計を実際に回すためには、もう一段別の仕掛けが必要になる。障害者本人が、雇用主に実務を求めたり、労働環境に疑問を持ったりして声を上げてしまえば、1年での静かな入れ替えという前提そのものが崩れるからだ。
そこで敷かれたとされるのが、雇用主への直接連絡を禁じ、当事者同士の連絡も禁じるという内部ルールである。これは法律にも契約書にも根拠を持たない、あくまで運営側が独自に定めた社内規範に過ぎない。しかし、それは「ルール」という体裁を与えられた瞬間、当事者にとっては従うべき絶対的な規範として機能し始める。制度の外側にある取り決めが、制度の内側にいる人間の行動を実際に縛ってしまう。ここに、この種の問題の本質がある。
しかも厄介なのは、こうしたルールが必ずしも悪意だけを動機に作られるとは限らない点である。「トラブルを避けるため」「本人を守るため」という名目が与えられれば、現場でそれを運用する側も、当事者を追い込んでいるという自覚を持ちにくい。独自ルールは、一度「配慮」や「規則」という言葉をまとうと、外部からだけでなく、内部からも問い直されにくくなる。
声を上げる経路の消失
独自ルールが実際にどう機能するかは、声を上げる経路が塞がれた個々の場面に表れる。
雇用主への連絡を禁じられた障害者は、業務が与えられない苦痛を、本来その責任を負うべき雇用主に直接伝える術を持たない。同じ境遇の他の当事者と状況を共有し合うことも禁じられているため、自分の置かれた状況が特殊なのか一般的なのかを確かめる手段もない。孤立は、偶然の結果ではなく、ルールによって設計された状態だったことになる。
こうした放置の実態を巡っては、労働行政が関与を強める動きも報じられている。詳細な経緯は各報道に譲るが、雇用管理を仲介業者に丸投げしていた雇用企業に対する指導や、業界団体による認定取り消しといった対応が、すでに表面化し始めている。
「独自ルール」は一企業の特殊事情か
閉じたルールが当事者を縛るという構図は、実はサンクスラボ社に限った話ではない。
かつて福岡市内の就労継続支援A型事業所で働いていた男性は、高熱が出たため休みを申請しようと電話をかけたものの「とにかく出てこい」と言われ、渋々出勤した経験を語っている。具合が悪く作業ができないまま休憩を取り続けた結果、その日の給料は支給されなかったという。
別の日、体調を崩した際には、何度電話をかけても誰も出てこなかったため、やむを得ずサービス管理責任者にメールを送って自宅で静養していた。ところが後日、社長から個別に呼び出され、無断欠勤として扱われた旨を告げられ、始末書を書かされたという。なぜメールでの連絡が「無断」として処理されたのか、納得のいく説明はなかったという。
連絡手段を用意し、実際に連絡も入れていたにもかかわらず、それが無効化される。その背景には、休まれれば給付金の算定基盤である日々の出勤実績が減るという、経営側にとって最も避けたい事態があったとみられる。
サンクスラボ社が明文化した直接連絡禁止のような極端な形は取らずとも、事業所が独自の基準で「何が正当か」「何が処分に値するか」を一方的に決め、当事者がそれに従うほかない状況に置かれる構図は、規模の大小を問わず起こっている。
その根底には、共通して「日々の在籍・出勤実績が公費の発生に直結する」という報酬構造がある。独自ルールは、悪意ある経営者だけが作るものではない。制度が「量」だけを測り続ける限り、現場では常にそれを埋め合わせる何らかのローカルルールが生まれる余地が残り続ける。そして、そのルールを疑うことなく信じ、良かれと思って指導する職員が、必ずどこかにいる。
(つづく)
【石橋雅子】









