寡占化を推進するヤマダデンキグループ(7)エス・バイ・エルを買収し住宅事業に進出

老舗のハウスメーカー

 2010年代から現在に至る期間は、(株)ヤマダホールディングスにとって、大きな変革をともなう時期となった。ベスト電器をはじめとする同業他社はもちろんのこと、住宅企業など異業種もグループに取り込むことで、住生活全般を担う「くらしまるごと」企業として姿を変えてきたからだ。そのため、20年に現在の持株会社制へ移行している。なかでも象徴的な出来事となったのが、エス・バイ・エル(株)の買収であったと考える。同社は11年にヤマダ電機の資本参加を受け、18年にヤマダ電機の完全子会社となり、その後、現在の(株)ヤマダホームズに社名変更し、今に至っている。

 エス・バイ・エルは1951年、小堀林衛氏により三成建築工業(株)(後に小堀住研(株)などに名称変更)として設立。いわゆるハウスメーカーと呼ばれる住宅事業者のなかでは、長い歴史を有する老舗企業だった。当初は純木造など和風建築を得意とする企業だったが、消費者ニーズやその生活様式の変化をいち早くとらえ、「シンプルモダン」という建築様式による住宅供給を強めていった。なお、以下では「住宅」は戸建を主に指すことに留意されたい。

 同様式は、ル・コルビュジエなどが発展させ、世界的に普及していったもの。日本では当初、建築家が主に設計に取り入れていたが、エス・バイ・エルがハウスメーカーとしては早い段階に取り入れ、今では多くの住宅事業者が採用している。現在の住宅デザインの主流になっており、「ジャパニーズモダン」などとも呼ばれている。

 このように、早い時点からデザイン性の高い住宅の供給に取り組んでいたことに加え、工業化住宅手法を取り入れた木質プレハブ住宅を手がけ、高い品質を誇っていた。とくに本社のあった大阪を中心とする近畿エリアでは根強い支持を得ていたハウスメーカーでもあった。ただ、同業他社が同様のデザインを取り入れるなかで優位性が薄れたことはもちろん、大和ハウス工業(株)や積水ハウス(株)などに比べれば企業体力や営業力が小さく、次第に苦戦が続くようになっていた。とくに2000年代頃からは、土地をもたない一次取得者層の住宅ニーズが強まり、資金力が乏しかったエス・バイ・エルなどの企業は土地取得が困難になり、競争力を失っていったのだ。

 00年代は住宅産業において、とくに大きな再編の時期であった。02年に殖産住宅相互(株)が民事再生法適用を申請、同年には国際興業グループだった日本電建(株)も大東建託(株)に買収された。また、03年に太平住宅(株)が民事再生法適用を申請し、翌年に破産。これらのかつて「住宅御三家」と呼ばれた老舗住宅事業者に加え、ミサワホーム(株)(正確にはミサワホームホールディングス(株))も04年、産業再生機構の支援を受け、事業再生の段階に入っていた。

 これらの企業は、バブル崩壊により経営基盤が弱体化。エス・バイ・エルの場合は1991年にコングロ工業(株)を買収し、95年には山口工場・物流倉庫を完成させるなどの投資を行っていたが、新設住宅着工戸数の減少とそれによる競争激化で、売上・利益が減少基調となり、固定費や借入負担が経営を圧迫するようになっていた。

 そうした状況のなか、新たな収益源として住宅事業に着目していたヤマダ電機が、老舗のなかでは比較的ブランド力を保っていたエス・バイ・エルに目を付け、傘下に入れたわけだ。エス・バイ・エルはその後、(株)ヤマダ・エスバイエルホームへの社名変更、さらにレオハウス(ヤマダレオハウス)などを吸収合併している。

スマートハウスブーム到来

 ヤマダ電機がエス・バイ・エルと資本提携を行った11年当時は、東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故によるエネルギー危機により、「スマートハウス」ブームが巻き起こった時期だ。太陽光発電を効果的に利用するためのHEMS(ホーム・エネルギー・マネジメント・システム)、省エネ家電、LEDの導入などが、国策として進められるようになり、ヤマダ電機の主要事業である家電量販との親和性が高いということが、住宅事業へ取り組むきっかけになった。

 ここで、ヤマダホームズの業績をざっと確認する。エス・バイ・エルは11年3月期に395億円、営業利益11億2,300万円を計上していた。ヤマダホームズの業績は、直近の26年2月期の売上高が822億9,300万円、営業利益が1億3,800万円。売上高はレオハウスなどを吸収したことで拡大しているが、収益性は低調だ。近年は資材費や人件費、土地価格などが上昇しており、それらが収益を圧迫していることが、この業績に反映されている。つまり、現状ではヤマダ電機グループにおける収益貢献度が高いとは決して言いがたい状況にある。

住宅事業の「本質」からそれた事業展開

 ところで、ヤマダ電機がエス・バイ・エルと資本提携し、傘下に収めるという動きは、住宅が売れれば家電も売れるという思惑があったように感じられる。住宅を取得する消費者は、家電も一新するのが一般的だからだ。ただ当時、他のハウスメーカーはそれを冷ややかな目で見ていた。エス・バイ・エルは当時、優秀な社員が退職しており業績改善が難しかったことはもちろん、家電をベースとした住宅提案には限界があるとみていた。そして、それ以上に疑問視していたのが、家電はあくまで副次的な存在であること。住宅提案の本質は居心地や快適性であり、それが何より重要だという原則から外れていると指摘されていた。

 たとえば、前述した旧住宅御三家のうち、殖産住宅相互(株)が塗装業から業績を拡大した(株)ペイントハウス(後の(株)ティエムシー)に、日本電建(株)は大東建託(株)に買収されたが、いずれも現在は消滅している。ペイントハウスはリフォーム事業、大東建託は賃貸住宅事業と、戸建事業に比較的近い事業領域を展開している(いた)が、専門的な知見とノウハウをもつハウスメーカーやビルダーとの競争のなか、事業を継続することはできなかった。このあたりは、住宅の質に関わることであり、戸建事業を展開するうえでの難しさを表している。

 ヤマダ電機グループのケースはもちろん、旧住宅御三家の事例とは状況は異なる。(株)ヒノキヤグループ、(株)ハウステック(住設企業)などを傘下に収め、住宅事業の強化に積極的に取り組んでおり、その動きにはくらしまるごと戦略を成功させようという並々ならぬ決意が感じ取れる。ただ、いずれにせよ、同グループの住宅事業は家電量販の論理で主導されてきた経緯があり、その成否が注目されるところだ。また、事業の難しさ云々を抜きにして、住宅事業で収益が得られなくとも、グループ全体で収益が高まるようであれば、家電量販事業へのシナジー効果が発現していれば問題はないわけだ。

 そこで、次回は住建セグメントと「くらしまるごと戦略」について詳しく見ていきたい。

(つづく)

【田中直輝】

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