検察の冒険「日産ゴーン事件」(3)
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青沼隆郎の法律講座 第20回
罪刑法定主義違反の罰条
本件刑事事件の被疑事実は有価証券報告書虚偽記載罪(金融商品取引法第197条)である。従って、最初にその犯罪構成要件について適法性の確認が必要である。
行為主体 有価証券報告書の提出者
犯罪行為 重要な事項についての虚偽記載解説
行為主体は有価証券報告書の提出者である。それは最終的に有価証券報告者を法的に確定した者、つまりその権限者との意味であるから、当該会社の取締役会の出席取締役全員である。例外的に承認に反対した者や議決に参加しなかった取締役は除外される。従って、今回の逮捕がゴーンとケリーの2名の代表取締役であったこと自体、不公正不合理な恣意的身柄拘束となる。
犯罪行為に関する構成要件については2つの要件が重要である。第一の重要な構成要件 「重要な事項」
有価証券報告書の記載事項は極めて膨大であり、そのなかのどの事項が「重要な」事項であるかが具体的に限定されていない。かかる場合、具体的な限定列挙や例示列挙さえ存在しないことは明らかに罪刑法定主義に違背する。結局、「重要性」について犯罪規範としての保障機能に欠けるからである。言い換えれば、刑罰権の発動について司法官憲の強制捜査権や公訴の提起についての「独自の一方的解釈」による権利濫用を抑止できないからである。
これは明らかに、憲法第31条の保障する適正手続条項(罪刑法定主義)に違反する。ただ、重要性については、金融商品取引法の主要な目的趣旨である金融商品市場の取引者つまり投資家たる株主の保護、投資活動における取引行為の安全や信用の保護から見て、その重要性の程度と内容を判断考慮できるから、とくに具体的に例示列挙がなくても合憲である、との解釈見解も成り立つ(法令の合憲性の推定的解釈)。これは具体的な法令適用について合憲性を議論するから問題は適用違憲の議論となる。法令解釈の誤りと表現しても「言葉の違い」以上の差異はない。
そこで、取締役のしかもゴーンただ1人の役員報酬の金額表示が、日産の有価証券報告書における財産価値(その一例が時価総額)表示に関して、仮に本来の表示すべき金額より半額である「虚偽表示」が重要事項の虚偽表示に該当するかどうかの客観的判断の問題となる。
報道によれば、各事業年度の合計が喧伝されているが、それは「為にする」報道であり、あくまで、各事業年度における金額について個別に判断されなければならない。各年度の虚偽表示額は10億円程度であるから、10億円の「役員報酬過少虚偽表示」が日産の株式の売買投資行為に重大な影響を与える「重要事項」といえるかどうかである。それは言い換えればゴーンの役員報酬が10億円増額表示されていれば、投資家の判断を大いに変更させる要因となり得たかの客観的判断となる。
日産の役員報酬の総額が30億円の上限内にあることが明示されており、その範囲内で各個別の役員に具体的にいくらの役員報酬であったかどうかは、1億円以下の役員報酬について開示義務がないことも併せ考えれば、まったく投資家の判断に影響がないことは明白である。つまり、まったく「重要性」はない。
なお、有価証券報告書虚偽記載罪はそれ自体、故意犯である。そこで、「重要事項性」についても行為者の認識、故意は必要か否かの議論が成り立つ。重要性自体は客観的行為属性であるが、行為者は自己の行為が重要であることの認識まで必要かどうかである。
客観的に重要性が認められる表示について重要性を認めることができなかったという弁解は「違法性の意識・認識」の問題として消極的に解釈するのが判例学説である。しかし、金融商品取引法の規定内容はほぼすべてが極めて高度な専門知識を必要とする判断事項であるから、一般の営業マン程度の知識しかない企業人には、そもそも重要性の判断は不可能である。
従って、高度な専門知識を前提とする「違法性の意識・認識」であれば、当然、意識認識はあり得ない。それは犯罪構成要件の認識、つまり故意がないことに他ならない。
(つづく)
<プロフィール>
青沼 隆郎(あおぬま・たかお)
福岡県大牟田市出身。東京大学法学士。長年、医療機関で法務責任者を務め、数多くの医療訴訟を経験。医療関連の法務業務を受託する小六研究所の代表を務める。関連記事
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