【凡学一生のやさしい法律学】日本学術会議委員任命拒否事件(1)
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(1)事案の概要
菅義偉総理大臣は、日本学術会議が法律に基づき推薦した委員のうち6名の選任を拒否した。これは日本学術会議法第17条および第7条に基づく行為と、菅氏は弁明した。
(2)問題の所在
総理大臣に、推薦された会員候補者について任命拒否権があるか否かであるため、基本的には総理大臣に任命権があるかどうかの問題である。任命権がないのに任命拒否権があるのであれば、法論理的には重大な矛盾であるためだ。
たとえば、天皇は「形式的」に総理大臣や最高裁判所長官を任命する(憲法第7条第5項)が、条文のどこにも「形式的」の文言はない。天皇は象徴であって、国政に関する権能がないことが前提として存在するためである。選任をあえて「選定」と「任命」に区別すれば、選定が実質で任命は形式ということになる。
(3)日本学術会議法第7条の前提
同条で規定されている学術会議会員の総理大臣の任命権には、明らかに重大な前提事項が存在する。天皇の国事行為には重大な前提となる「内閣の助言と承認」が存在することとまったく同じ法的構造であるが、それは学術会議による「推薦」である。これは天皇の国事行為が「形式的」であることをあえて文言で表現しなくても、論理的な解釈(これを講学上文理解釈という)により、「形式的」なものであることが共通の認識として存在するためである。
つまり、同条の総理大臣の任命行為は憲法第7条第5項と同じく、「形式的」なものである。形式的な任命権であるため、実質的な選任権の存在を論理的に前提する任命拒否権は当然のこととして存在しない。
(4)日本学術会議の存在および期待される行動は行政行為ではない
まず、会員は公務員ではないため、会員のいかなる行為も行政行為・処分としての法的性質はない。そのため、行政権の最高責任者である総理大臣の政治責任、法的責任も発生しない。総理大臣の公務員に対する任免権は、総理大臣の責任の有無に直結するために認められるものであり、無関係の者の地位に介入関与する理由は存在しない。
総理大臣に会員任命権が認められるべき理由は、2つある。
1つは日本学術会議の存在形式、法的形態にある。公務員が多数天下りしている「公益法人」形態であれば、その理事長、理事の選任について従業員は「自治的」に決定できる。しかし、日本学術会議は「団体」とはいえ、非常に原始的な形態であり、法的自治が制度的に保障されていない(法人格の不存在)。それは、学者集団の知性の高さに由来するものと考えられる。会長の地位に利権がともなうこともなければ、会員も地位に恋々としない。学者として世間に有用であるかどうかは自分自身で判断できる。2つは運営経費に国費が投入される点のみ、国家が関与する。いわば総理大臣の会員任命規定は、国費投入の象徴的規定に過ぎない。たとえば、国は教育学問研究団体である学校法人に助成金を支給しているが、自治的法制度が整備されているため、理事の任命に総理大臣が関与することもない。関与すれば権限濫用行為との非難を受ける。今回の菅総理大臣の任命拒否は、正しく権限濫用である。
(5)争訟
菅総理大臣の権限濫用行為についての争訟は、その利害関係と侵害される利益の内容により当事者が異なる。学術会議は推薦権の侵害、妨害を受けたことを理由に任命拒否を争い、総理大臣の任命に代わる「判決による任命」を裁判で勝ち取り、同時に菅氏個人に対する損害賠償の請求が可能である。権限濫用行為は、単なる不法行為として構成できるためである。
問題は、任命を拒否された6名の学者らである。学者らが「会員であることの地位の確認」訴訟を提起することに対しては、恐らく法律学者の間でも意見がわかれるだろう。
しかし、少なくとも利害関係者として、総理大臣の行為を違法な行政行為として処分無効の行政訴訟を提起できる。行政処分には理由を付する必要があるため、その任命拒否の理由も求めることができる。しかし、これについても有名な「宮本判事補再任拒否事件」の判例では、最高裁判所自身が採用権者として不採用の理由を開示する義務はないとした。
ここでも、採用権限や任命権限の有無がポイントとなるが、総理大臣には実質的任命権限がないため、理由の有無にかかわらず違法となるか、適法であるというなら少なくとも任命拒否の「正当」な理由の開示が求められるだろう。しかし、日本の裁判官が、自分の任命権者である総理大臣を糾弾できるかを考えると、裁判は長期化し、結論はまったく見えないものとなる可能性が高い。
(6)外野の頓珍漢(とんちんかん)論評
舛添要一氏は「東大教授」の経験から、「日本学術会議は若い新進気鋭の学者にはまったくの老害そのもので、制度そのものが税金の無駄遣い」とする見解を発表した。本事件の論点は総理大臣による任命拒否の正当性の有無であり、無関係の議論である。
学術会議での会員の行動や意見・見解の表明は「学問の研究」でもなければ、会員になれないことが「言論の自由」を侵害する行為でもないため、これらの人権の侵害だとする論評も、飛躍しすぎた論評である。
(つづく)
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