2024年11月03日( 日 )

中国が狙うイランの原油と天然ガス~支払いはデジタル人民元で(前)

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国際政治経済学者 浜田 和幸

イランとの関係、アメリカに忖度?

 アメリカによる経済制裁の影響で、親日国のイランはこれまでにない厳しい状況に追い込まれている。原油や天然ガスは豊富に産出されているのだが、トランプ前大統領による「イラン核合意(JCPOA)」からの一方的な離脱と、それにともなうアメリカ主導の経済制裁によって、イランと取引する国はすべて経済制裁の対象になってしまった。

 そのため、イランは虎の子の天然資源を輸出できなくなり、国内経済の半分以上が干上がるという危機的状態に陥ってしまうことに。そこに追い打ちをかけたのが、新型コロナウイルスである。イランは中東地域では最悪の事態に直面し、感染者数でも死亡者数でも周辺国を圧倒している。

 経済制裁の結果、イランは財政危機に飲み込まれ、コロナ対策用の医療器具やワクチンなどの輸入も思うにまかせない。かつては日本の「海賊と呼ばれた男」こと出光佐三がイギリスから独立したイランの原油をタンカー「日昇丸」で日本に輸送し、イランの経済的独立を命がけで支援した。そのとき以来、イラン人の間では日本への感謝と尊敬の念は消えることはなかったのだが…。

 そうした歴史的因縁もあり、日本政府はアメリカとイランの関係を仲介しようと試み、当時の安倍晋三首相がテヘランに乗り込んだが、残念ながら期待されたような成果は得られなかった。もともとトランプ大統領の「アメリカ・ファースト」という名の「イラン敵視」政策を覆せるだけの説得力も交渉カードも安倍首相には備わっていなかったわけだ。菅義偉政権になってからも、イランからは日本で凍結された預貯金の解除を求める支援要請が相次いでいるが、アメリカを忖度してか、日本政府の動きは鈍いままだ。

 実は、イランのソレイマニ司令官の暗殺を含め、アメリカの強硬姿勢はイランと対立するイスラエルやサウジアラビアの意向を反映したものであった。アメリカを恐れてヨーロッパやアジアの国々は、イランとの関係を断ち切る選択を余儀なくされた。

イランに急接近の中国

 そんななか、イランに救いの手を差し伸べたのが中国である。日本を含め、多くの国々がイラン産の原油や天然ガスの輸入をゼロにしたわけだが、唯一中国だけがイランからの輸入量を拡大。今ではイラン産原油の最大の輸入国になっている。

 しかも、破格の安値で長期の輸入契約を結ぶことに成功しているではないか。実に、交渉上手といえるだろう。何しろ、トランプ政権からはことあるごとに非難や制裁を突きつけられてきた中国である。同じような状況下に苦しむイランを救い、味方につけるのは外交上も当然の選択肢だったに違いない。

 さらに、中国はアメリカの怒りを買うことも平気という徹底ぶりであった。原油の決済を人民元で行うことにしたのである。実は、ニクソン・キッシンジャー時代から「ペトロ・ダラー」と呼ばれるように、原油の取引はアメリカのドルで決済することが決まっていた。世界の超大国アメリカならではの戦略的な金融・原油外交のなせる技であった。世界経済を支える石油というお宝をアメリカは自国の通貨を刷れば好きなだけ調達できたのである。まさに「アメリカ・ファースト」を象徴する力業(ちからわざ)であった。

 そんなアメリカ一極支配にくさびを打ち込もうとするのが、今の中国である。国際機軸通貨ドルに代わるデジタル人民元の普及に取り組み始めたわけだ。コロナ禍が世界を飲み込んでいるが、経済大国のなかでは唯一プラス成長を達成している強みが背景にある。

 トランプ前大統領からは「武漢ウイルス」や「チャイナ・ウイルス」と呼ばれ、新型コロナウイルスの発生源として非難を浴びせられてきた中国であるが、自前の医療器具や独自のワクチンなどをイランにいち早く提供し、いわゆる「戦狼外交」を展開している。

 こうした挑戦的な動きにアメリカは危機感を強めざるを得ないようだ。通商問題から安全保障の分野まで、トランプ政権時代には「アメリカにとって最大の脅威は中国である」との認識が党派を超えて広く行き渡った。「習近平国家主席とは世界の指導者のなかでもっとも長い時間を過ごしてきた」と自慢するバイデン新大統領であるが、中国脅威論に関してはトランプ政権の考え方を踏襲する意向を示している。

 とはいえ、バイデン政権の外交方針は現時点では暗中模索状態といえるだろう。目の前のパンデミック対応や、労働者の3人に1人が失業保険を申請中という貧富の格差が拡大するなかで、経済立て直しのための大型支援策を議会で通過させることが最優先されるため、外交案件は後手にならざるを得ない。

(つづく)

<プロフィール>
浜田 和幸(はまだ・かずゆき)

 国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鐵、米戦略国際問題研究所、米議会調査局などを経て、現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選をはたした。11年6月、自民党を離党し無所属で総務大臣政務官に就任し、震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。最新刊は19年10月に出版された『未来の大国:2030年、世界地図が塗り替わる』(祥伝社新書)。2100年までの未来年表も組み込まれており、大きな話題となっている。

(中)

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