「東日本大震災から10年」を思う(前)
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東日本大震災が起きてから10年を迎えた。震源地から遠く離れたわたしの街でも激震が襲った。外出するためガスストーブを消した直後のことだった。激しい横揺れでスチール製の本棚が崩れて、消したばかりのストーブに多数の本が落下した。柱時計も落下して時を刻むのをやめた。すべて危機一髪だった。あれから10年、そのときの自分のとった行動を振り返りながら、個人の危機管理について報告してみたい。
体験したことのない恐怖感
そのときの私は、ひたすら時間に追われていた。大切な人に会うためだ。室内に散らかった本などはそのままにして、急いで集合住宅の12階にある自宅の扉を開け廊下に出た。テレビで確かめる時間もない。エレベーターが動かない。仕方なく建物の真ん中にある階段を下りた。途中、下から上がってくる高齢の住人に声をかけられた。「何かあったんですか?」と。あの強烈な揺れに気づかない人がいるのだ。地上に降りてから走った。
落ち合う場所では地域住民主催による映画鑑賞会が行われていた。彼(会う人)もいた。突然大きな横揺れ。余震だ。わたしは部屋を飛び出し、中庭に出た。なぜか、私に続いて出る人がいない。何事もなかったかのように映画は続いている。余震が来るたびに電線がビュンビュンと音を立てた。体験したことのない恐怖感が全身を襲う。外に出ていた人から三陸沖を震源とする巨大地震が発生し、津波で家や車が流されたことを知った。福島第一原発が津波で破壊され、放射能が漏れたことはまだ知らなかった。
帰宅し、改めて部屋の惨状を確認した。私が最初にやったことは、現場を写真に収めることだった。消したばかりのガスストーブ、落下した掛け時計の針がきっかり午後2時46分を指している。学生時代から使い続けていたスチールの本棚が折り曲がっている。
突然、仕事に出ていた妻の安否が気になった。自宅の電話から妻の携帯にかけた。出ない。後で聞いたのだが、携帯電話は回線が飽和状態でつながりにくく、家族と連絡が取れた社員はほぼ皆無だった。仕事場の壁に大きな亀裂が走り、備品や資料などが散乱。若い女子社員のなかには泣き出す人もいたという。
「防災」の意識が変化
実はそのとき私は市議選に立候補していて、選挙参謀(それが大切な人)に会うために出かける必要があったのだ。東日本大震災は新人立候補者には決定的なダメージとなった。その日を境に、駅頭での演説やチラシ配りができなくなった。新人の私の顔を覚えてもらう機会が突然消えた。結果は落選。気持ちが折れた。
その後、私が大震災の傷跡を直接目にしたのは、1年半後の2012年9月20日。友人E(元デーリー東北新聞社論説委員)の車で現地に入った。ルートは限られていたので、テレビで見たような海岸線の惨状を見ることはなかった。それが、岩手県陸前高田市に入ると、それまでの光景が一変した。
岩手県立高田病院の前に佇んだ瞬間、その無残な光景に身も心も凍りついた。病院の建物そのものが明らかに傾(かし)いでいる。コンクリートの壁がはがれ落ち、瓦礫そのものだ。1階にある調理場は、大きな鍋や調理用棚が散乱している。ガラスのない窓枠には、丸々と肥えたジョロウグモが巨大なクモの巣の真ん中に陣取っている。
1年半前、ここが市の中核をなす病院として存在していたという実感も、数百人を超す病院の関係者や患者たちがいたことを証明する「息づかい」や「体温」も感じられない。建物の“死”とは、このようなことをいうのだろう。
遠くに目をやると、山肌に張りついたような戸建ての一郡が目に入った。太陽に照りかえる屋根の鮮やかな赤や青の原色がまぶしく、高田病院の“死骸”と比べて大きな違和感を覚えた。その日を境に、「防災」の意識に明確な変化が生じた。
(つづく)
<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)
1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務の後、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ2人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(講談社)『親を棄てる子どもたち 新しい「姥捨山」のかたちを求めて』(平凡社新書)『「陸軍分列行進曲」とふたつの「君が代」』(同)など。関連キーワード
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