「GIGAスクール構想」の是非を問う~教育現場からも疑問の声(2)
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国際教育総合文化研究所 所長 寺島 隆吉 氏
新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、教育現場では休校や授業の短縮、行事の中止、部活動の制限、オンライン授業の普及など、生徒と教師を取り巻く環境が一変した。今、教育現場では何が起こっているのか。文部科学省が推進する「GIGAスクール構想」の是非などについて、国際教育総合文化研究所所長・寺島隆吉(元岐阜大学教育学部教授)に話を聞いた。
なお、本稿は先月急逝したジャーナリスト金木亮憲氏の遺稿となる。失敗に終わった「LL教室」との共通点
――「GIGAスクール構想」と「英語で授業」には共通した問題点があるのですね。
寺島隆吉氏(以下、寺島) この「英語で授業」の英語の部分を「タブレット」や「パソコン」に置き換えたものが「GIGAスクール構想」といえます。今、多くの教師は「タブレットやパソコンを使った教え方」「タブレットやパソコンを使った教室会話集」の習得に多くの時間を割かれています。しかも最悪なのは、すぐ近くにいるにもかかわらずオンラインで行うので、質問も指導も対面でできないことです。
このまま進めていけばいくほど、今まで以上に生徒と教師、生徒と生徒の距離が開いていくことになります。これは本来の教育の姿ではありません。授業時間を無駄にするだけでなく、教師と生徒の間の直接的な心の交流が阻害されますから、生徒の学力も伸びることなく、どんどん落ちていきます。このことが実際に全国の教育現場で起きているのです。
国際教育総合文化研究所の所員の皆さんは、主に中高や大学の英語教員です。その多くは小さいころから英語が好きで、英語ができた方々です。このため、自分と同じようにすべての生徒を見てしまうことがあります。その場合、私は苦言を呈します。なぜなら、自分が英語を好きなことと、生徒が英語をできることとはまったく別物だからです。自分が英語好きだったために、英語のできない生徒がどこでつまずいて嫌いになったのかがわからないことがあります。
私は「GIGAスクール構想」は「LL教室」の二の舞になるのではないかと危惧しています。1960年代以降に教育産業界による教育機器の開発が進められ、教室を大改造して機器を設置し、それを使いこなしながら英語学習指導を行う「LL教室」が全国に広がりました。まず大学などが中心となり、教室に約1億円(国負担5,000万円、学校負担5,000万円)をかけて導入しました。
その後、どうなったのでしょうか。私の知る限り、目立った教育効果はまったく把握できていません。導入当時と比べ、TOEICなど各種英語試験の生徒・学生の平均点はほとんど上昇していません。だから、文科省は新たに「英語で授業」とか、「大学入試にスピーキングテストを」などと言い出したのではないでしょうか。
多額の費用をかけて導入したにもかかわらず、今では多くの学校で「LL教室」はパソコン教室に代わられているか、または蜘蛛の巣がかかった状態にあります。その原因は「GIGAスクール構想」に似ています。
ブースに入ると受講生の顔が見えないので、教師は生徒と対話ができなくなり、学習効果を把握できませんでした。また、機器が多機能であればあるほど使い勝手が悪く、故障も多かったために、誰も使わなくなってしまったのです。明らかに税金の無駄使いだったといえます。なぜ、また同じ間違いを繰り返えす必要があるのでしょうか。
オンライン化と学力向上は無関係
――日本はOECDなどの調査でオンライン後進国と指摘されています。そのことが今回のタブレットやパソコンをもたせる動きに拍車をかけています。
寺島 その考え方には根本的な誤りがあります。世界で一番のオンライン先進国といわれるアメリカの生徒の学力を見れば一目瞭然です。
OECDが2011年から翌年にかけて16歳~65歳を対象に、24の国と地域で行った国際成人力調査の結果を紹介します。16歳~24歳の若者に絞った国際比較を見ると、読解力の国別平均で日本は第1位ですが、アメリカは19位。数的思考力の国別平均点で日本は第3位ですが、アメリカは24位です。
次に、もう少し年齢幅を広げて、16歳~65歳を対象にした順位を見てみましょう。読解力の国別平均で日本は第1位であるのに対し、アメリカは第16位。数的思考力の調査でも、日本は第1位の座を譲らず、アメリカは21位です。
また、OECD加盟国でパソコン普及率が高い国が、学力調査で高得点をとっているわけではありません。それどころかOECDは、パソコンに親しむ機会が少なかったはずの日本人の年配者がもつ成人力(学力)を高く評価しているのです。なぜなら若者に絞った国際比較では、日本は読解力が1位、数的思考力が3位だったのに、年齢を65歳にまで広げるとどちらも1位になっているからです。これは年配者の学力が高かったからこそ、数的思考力が3位から1位へと上昇したことにほかなりません。
そうだとすれば、オンライン後進国といわれても何らひるむ必要はないのです。若いときにパソコンに触れる機会がなかったにもかかわらず、年配者が高学力だったのは、若いころに鍛えられた基礎学力(読解力・数学力)があったからでしょう。むしろ子どものころにパソコンやタブレットに触れる機会がなかったからこそ、基礎学力が鍛えられたというべきかもしれません。
つまり、スティーブ・ジョブズ氏が自分の子どもにはタブレットの使用時間を制限し、ビル・ゲイツ氏が自分の子どもに14歳までスマートフォンをもたせなかったのには、理由があったわけです。オンライン先進国と学力には何の相関関係もないばかりか、子どもに早くからタブレットやパソコンをもたすことについては精神的・肉体的な悪影響が危惧されているのです。
だとすれば、なぜ学力の高い日本の教育が、学力の低いアメリカのオンライン教育を真似する必要があるのでしょうか。それは、「教育の原理」が「政治・経済の原理」にすり替えられてしまっているからです。最近、研究所所員の学校でも「GIGAスクール構想」をいち早く取り入れるために、1台5万円から18万円のパソコンやタブレットの販売が促進されています。コロナ禍の大不況のなかで、パソコンメーカーなどは笑いが止まらないでしょう。しかし、このままいくと日本の教育が崩壊してしまいます。
(つづく)
【聞き手・文:金木 亮憲】
<プロフィール>
寺島 隆吉(てらしま・たかよし)
1944年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。石川県公立高校の英語教諭を経て、岐阜大学教養部、教育学部で教職に就く。岐阜大学在職中にコロンビア大学、カリフォルニア大学バークリー校などの客員研究員。国際教育総合文化研究所所長。元岐阜大学教育学部教授。すべての英語学習者をアクティブにする驚異の「寺島メソッド」考案者。英語学や英語教授法などに関する著書は数十冊におよぶ。美紀子夫人との共訳「チョムスキーの『教育論』」をはじめ翻訳書も多数。関連キーワード
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