50年前の高田を旅してみた(1)
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瞽女との出会い
第102回「旅の本質に見え隠れするもの」で、「昔から物見遊山を兼ねた旅もあったが、旅の本質は生きるため、商売をするためである」と書き、新潟県上越市高田に住んでいた瞽女(ごぜ)について触れた。今回50年ぶりに高田を訪ねた。来年上梓する拙著、『瞽女の世界を旅する 昭和の原風景と村人の情けを求めて』(仮題・平凡社新書)の取材のためである。
初日、友人の墓に線香を手向けるために長野県安曇野市穂高で下車。故人の奥様が、「こんな上天気は今年初めて」というほどの秋日和。その後、篠ノ井の駅で下車して取材。それから篠ノ井→長野→上越妙高→高田と移動。ところがすべて列車を運行する会社が違うために乗り換えに手間取った。上越新幹線開通による弊害だ。高田到着が午後7時過ぎ。途端に激しい雷雨のお出迎えである。最初に訪れた50年前の高田の様子を、当時の取材日記で次のように紹介している。
瞽女というのは目明きの「手引き」に導かれ、村々を門付けして歩く盲女の旅芸人たちのこと。私が彼女たちと出会ったのは昭和46(1971)年、大阪万国博覧会の開催で日本中の誰もが「お伊勢まいり」のように大阪を目指した翌年のことだった。
当時わたしは、『music echo』という中高生向けの音楽雑誌の編集者で、主に世界の民俗音楽や日本の民謡、伝統芸(音楽)などを担当していた。ある日副編集長のAから、『朝日グラフ』(昭和45年5月8日号)を手渡された。そこには農家とみられる大広間(あとで瞽女宿であることを知る)で唄う高田瞽女の杉本キクエ、シズ、コトミの3人の姿があった。さらに浜辺で瞽女の弾く三味線に合わせ、踊る村人たち。その浜辺を歩く3人の瞽女の後ろ姿。屋根まで届きそうな雪の壁、その隙間から湧いて出てきたような住人から喜捨を受ける瞽女たち…。写真はモノクロで、撮影は昭和38(1963)年ごろ。東京という大都会が戦前の装いを一新させ、「もはや戦後ではない」を証明させた東京オリンピック直前の日本に、盲目の女旅芸人が存在していたことに不思議な違和感を覚えた。
「実証の旅」の始まり
私の本格的な「実証の旅」は、予期せぬ出会いから4カ月後にはスタートしていた。
大阪万博翌年の1月31日、その不思議な人たちを自分の目でたしかめるために高田を目指した。列車のなかは妙高高原へのスキー客で満席。色とりどりの派手なスキーウエアが、逆にこれから自分が目にするであろう異装の遊芸人の姿に重ね合わせ、自分の置かれた立ち位置の確認に狼狽する。ほんとうに高田にあの人たちがいるのだろうか。
高田駅は雪のなかにあった。風がないせいなのか、まっすぐに降り下りてくる無数の牡丹雪を見ていると、自分の全身がすっぽりと白い世界に包み込まれてしまうことに気づいて恐怖さえ覚えた。
初めて目にする高田の雁木は天井を支える人の細腕だ。木目が浮き出る動脈のように艶めかしい。そのトンネルを連想させる雁木の奥に連なる家は、見事に連棟式の町家造りだ。ここではかつて間口に税をかけられたため、玄関周りが狭く、ウナギの寝床並みに奥に延びている。商店の壁に掛けられた古い琺瑯(ほうろう)引きの広告板に印刷されたオロナイン軟膏の浪花千栄子、大塚食品ボンカレーの松山容子の姿が時の流れを彷彿とさせる。
高田瞽女杉本家は東本町四丁目(旧・名本誓寺町)にあった。引き戸を開けると、目の前に三和土。二灯の裸電球だけが、わずかにそこに人が生きていることを証明するかのように鈍く光っていた。玄関の右側には、旅に出るときに身につける塗油合羽と饅頭笠が掛けられてあった。三和土の奥は水屋仕様で、コンクリート製の井戸には、水を汲み上げる旧式のポンプが見えた。
家のなかはきちんと整理されており、100年以上は経ったと思われる古い箪笥や米櫃が飴色に光っている。茶の間にある箱火鉢には、年代物の鉄瓶がチンチンと音を立てている。その前に見事な銀杏返しの杉本キクエが静かに座っていた。明らかにこの場所は現代とはかけ離れた異空間だと思った。
(つづく)
<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)
1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務の後、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ2人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(講談社)『親を棄てる子どもたち 新しい「姥捨山」のかたちを求めて』(平凡社新書)『「陸軍分列行進曲」とふたつの「君が代」』(同)など。関連キーワード
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