50年前の高田を旅してみた(3)
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瞽女の一行を襲った災難
来年上梓する拙著『瞽女(ごぜ)の世界を旅する 昭和の原風景と村人の情けを求めて』(仮題、平凡社新書)のため、50年ぶりに高田(現・上越市)を訪れた。
高田の瞽女は、前の東京オリンピックが開催された1963年(昭和38年)を最後に「喜捨の旅」を終えている。私が彼女たちを訪ねたのはそれから8年後の1971年(昭和46年)。大阪万博の翌年だった。盲目の瞽女たちは三味線を弾き、「瞽女唄」を歌うことで幾ばくかの喜捨を得る。その旅は生きるためである。
高田に行く前にどうしても立ち寄らなくてはならない場所があった。長野駅の手前にある篠ノ井駅である。今から100年以上前、篠ノ井から汽車で高田まで帰ろうとした瞽女の一行が大変な災難に見舞われた。その災難の事実を今回の主人公、杉本家の瞽女キクエの記憶から紹介する。
突然の水押(洪水)に遭遇して、身動きがとれなくなった。8月12日には是が非でも高田に帰らなくてはならない。これが瞽女の「決まり(約束事)」なのだ。一般的には理不尽な規則でも、それ遵守することが、結局は瞽女の世界を維持することになる。
夏の信州の旅は、12日に上田を発ち、篠ノ井駅から汽車で高田に帰る。ところが水押で道路が冠水。歩く道がわからない。篠ノ井橋は千曲川に落ち、濁流に呑み込まれたままだ。篠ノ井橋までたどり着いたのは総勢35人。
気の毒に思った渡船の船頭たちだが、人数の多さに驚いた。仕方なく、瞽女たちを二手に分けて渡すことにした。舟は流れに押されて大きく傾いた。そのたびに水が舟内に流れ込んだ。瞽女の耳には激流の音がゴー、ゴーと聞こえる。舟がギシギシと身もだえた。生きた心地がしない。瞽女の誰もが「南無阿弥陀仏」と唱えた。
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「させていただきます」って、意味分かりますか?(前)かなりの時間を要して向こう岸にたどり着いた瞽女たちは荷物を背負い、歩き出した。篠ノ井駅を見下ろせる高台にきた。次の瞬間、ピヨーッという汽笛の音。すでに篠ノ井駅に到着した汽車の出発の汽笛だった。35人の瞽女は魂消(たまげ)た。誰ともいわず“とんだ(走った)”。とんで、とんで、とびまくった。この様子を見て気の毒に思った駅員が、少しの時間発車の時間を遅らせるべく車掌に掛け合った。
“とんだ”瞽女たちのなかには弁当袋や脇に挟んだ雨具を落とす者など、大変な騒ぎになった。待ってくれている汽車に乗り遅れでもすれば、今日中に高田に着くことができない。着くことができなければ大変なことになってしまう。気が気ではない。十二指腸を患う人や、初旅の子どもの瞽女などは大幅に遅れる。彼女たちを無理やり汽車に引っ張り込んだ。35人の瞽女たちが高田駅に下りたのは深夜。キクエは「みんな、死んだ人みたいになって帰ってきた」と言った。
自分の足で確かめる
私はその恐怖の強行軍を自分の足で確かめたいと思った。篠ノ井駅から県道385号線を東に進み、篠ノ井駅入り口の交差点から県道77号線を南下する。時間は午後3時ごろ。歩道がないので路側帯を歩くのだが、通過する大型の運搬車が私をかすめるように通る。長野銀行篠ノ井支店、御幣川簡易郵便局、通明小学校を通過する。
「橋までは約3㎞。40分もあれば…」という駅前交番の警察官の言葉を信じて歩くが、肝心の篠ノ井橋の姿が一向に見えてこない。30分を過ぎたころ、県道沿いの住宅の前で1人でキャッチボールをしていた少年に、篠ノ井橋までの距離を訪ねる。呆れ顔の野球少年。その顔を見た途端、無謀な歩行を中断した。
洪水に遭った瞽女たちの時代は、篠ノ井駅までの村道はほぼ直線だっただろう。途中までくれば駅も見えたに違いない。ただ直線だとしてもかなりの距離だったと思う。それを35人の目の見えない瞽女たちが走りに走って駅を目指したのだ。あり得ないと思った。でも瞽女たちはやり遂げたのだ。そこまでして「8月12日中に帰らなくてはならない」という規則とは、彼女たちにとって何だったのだろう。
(つづく)
<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)
1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務の後、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ2人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(講談社)『親を棄てる子どもたち 新しい「姥捨山」のかたちを求めて』(平凡社新書)『「陸軍分列行進曲」とふたつの「君が代」』(同)など。関連キーワード
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