2024年11月22日( 金 )

本当は「怖くて・深い」童謡の世界(前)

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大さんのシニアリポート第109回

サロン幸福亭ぐるり カラオケ    運営する「サロン幸福亭ぐるり」(以下、「ぐるり」)では、相も変わらずカラオケが大盛況。この装置には歌い手の得点が表示される。しかし、得点上位者が必ずしも上手とは限らない。旋律(メロディー)通りに歌うことが高得点の秘訣なのである。実に艶っぽく歌う元スナックのママの得点は最低なのだ。とうとう「私はお店ではお客さまにうまいうまいといわれていたんです。なによ、この点数!」とキレて、ついに来なくなってしまった。そこに頭のいい高齢者が現れ、カラオケ大会優勝をさらう。

 その秘訣は、童謡を歌うこと。大半の来亭者が選曲するのは演歌だ。自己流の歌い方だから音程は外れまくる。よって得点は伸びない。一方、童謡は余分なビブラートをかけることもなく、思い入れも少なく、実に淡々と歌える。ほぼ旋律通り流れるので、高得点が出る。初めて参戦して優勝してしまった。「童謡ばかり選曲してズルイ」と陰口を叩く来亭者もいたが、童謡が大好きなのだから本人に罪悪感はない。ところが、歌う童謡の歌詞に異議を唱える人が出てきたことには驚かされた。

 その1つが、季節ものの童謡『うれしいひなまつり』である。歌詞の2番にある「お内裏様(だいりさま)とお雛様(ひなさま)」とあるが、実は内裏様とは両方を指す。つまり、内裏雛の「雄雛」「女雛」ということだ。作詞したサロウハチローは、指摘を受けて嫌な思いをしたという。しかし、最後まで歌詞を変えようとはしなかった。

サロン幸福亭ぐるり カラオケ    童謡に関する謎は、探してみるとほかにもいろいろある。木下恵介監督の映画『二十四の瞳』。高峰秀子扮する大石先生に連れられた12人の子どもたちが、浜辺で『七つの子』を歌う名シーンがある。その1番の「かわいい/ななつの/こがあるからよ」という歌詞が話題を呼んだことがある。

 “七つの子”とは「7羽の子」それとも「7歳の子」なのか。作詞した野口雨情は1921年7月、童謡童話雑誌『金の船』にこの歌詞を発表。挿絵(画家・岡本帰一)には7羽の烏が描かれている。雨情自身が書いた『童謡と童心芸術』という本にも、「烏が山へ向かって飛んでいくのは、山に可愛い子がたくさんいるからだ。だから鳴き声も『かわい、かわい』といっている」と述べている。だったら「7羽」ではないかと勘ぐりたくなる。しかし、雨情は明確な答えを出していない。

 一方、国語学者の金田一晴彦は、童謡集『小学生全集』の挿絵を基に、「7歳説」を提唱する。「7歳の子」を説く雨情の近親者もいる。「烏が7羽の子ども(卵)を産むのか」とか、「烏は7歳も生きるのか」という科学的な根拠を持ち出すことは無粋なのかもしれない。

 わらべうたとして知られる『通りゃんせ』も意味深な歌である。『通りゃんせ』は大正時代、『赤い靴』や『七つの子』を作曲した本居長世がメロディーを整えて、児童歌劇「移りゆく時代」のなかで発表した。歌詞は、当時コンビを組んでいた野口雨情が補正した。

 この歌の発祥地は埼玉県川越市である。川越には太田道灌が築城した川越城があった。また、三芳野神社には菅原道真が祀られている。境内に「わらべうた発祥の地」と刻まれた石碑が残されている。『通りゃんせ』はこの地で生まれたとされている。江戸時代、三芳野神社は川越城のなかにあり、お参りできるのは年に1度の例大祭か、七五三のお祝いのときに限られていた。城内ということもあり、お参りには厳重な監視がついた。歌詞にある「この子の7つのお祝いに…」は、七五三を指している。幼児の死亡率が今とは比較にならないほど高かった時代に、七五三のお祝いは庶民にとって不可欠なものだったと推測できる。

 では、なぜ「行きはよいよい 帰りはこわい」のだろう。場内に入り無事お参りを済ませた後に、見張り役人の鋭い目を気にしながら城門を出たからだと、川越の人たちはいう。ほかの歌詞の「ご用のないもの 通しゃせぬ」は、本来「手形のないもの 通しゃせぬ」というふうに通行手形を歌ったもので、舞台は箱根の関所だ。従って「細道」とは箱根山中の街道という「箱根関所説」もある。また、『通りゃんせ』は霊界めぐりの歌で、霊界に入るとこの世に戻ることはできないという「霊界説」もある。自然発生的に誕生したわらべうただから、後世の人間が諸説を展開しても一向に構わない。

※『私の心の歌 夏編 秋編』(学習研究社、2003年刊、解説・大山)参照。

(つづく)


<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)

 1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務の後、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ2人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(講談社)『親を棄てる子どもたち 新しい「姥捨山」のかたちを求めて』(平凡社新書)『「陸軍分列行進曲」とふたつの「君が代」』(同)など。

(第108回・後)
(第109回・後)

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