『PLAN75』の意味するもの(後)
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この作品には制度をつくる「政府」の顔が見えない。「最初から一切、描かないと決めていました。新しい制度をどんな人がつくっているか、なかなか見えません。意見が反映されず、いつのまにか政府に密室で決められている感じ、反対したくても抗いたくても、抗う相手の顔が見えない状況を表したかったのです」(朝日新聞2022年6月28日「深論」)と述べ、「死を支援する制度」の背景にあるものに対しては、「世代間対立を利用した制度、でしょう。国全体の経済的負担を減らすプランの合意をとるために、老後の不安や人々の感情を逆手に取ったとも言えます」「高齢者の数を減らしたい。『高齢者はじゃま』と言っているようなもの。言葉を言い換えてあたかも良いものであるかのように、印象を操作する」「人々の人権や幸せ、尊厳を守ること。どの年代の人も幸せになる権利が、軽視されています」(同)と結論づける。現在、全国の映画館で上映中。ぜひとも見ていただきたい作品です。
『PLAN75』は安楽死の話である。しかし、日本では安楽死も尊厳死も法制化されていない。
NHKスペシャル「彼女は安楽死を選んだ」(19年6月2日放送)は、ある女性が全身の身体の機能が奪われる「多系統萎縮症」という回復の見込みのない難病と宣告される。「人生の終わりは、意思を伝えられるうちに、自らの意思で決めたい」と、スイスにある「ライフサークル」という自殺幇助(安楽死)団体に登録する。安楽死に至るまでの家族の葛藤、生と死をめぐる対話を続け、安楽死を迎えるまでの日々を追い続けたドキュメントである。
回復の見込みのない絶望的な状況下で、妹本人が安楽死を選択したとしても、二人の姉は容易に受け入れられない。煩悶は続く。最終的に妹の意思を尊重してスイスでの現場に立ち会う。点滴に含まれた致死量の薬品を自身の意思で決め、投与する。ほんの数分で眠るように息絶えた。
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困った老人たち(前)佐伯啓思(経済学者)は、朝日新聞(19年7月6日)紙上の「『死すべき者』の生き方」で、「私は、言葉は悪いが、何か崇高な感動を覚えた。この場合、崇高というのは、すばらしいとか気高いという意味とは少し違う。とても涙なしに見られる映像ではない。だが、ここには、葛藤のあげくに『死』という運命を受け入れ、しかもそれを安楽死において実行するという決断にたどりついた姉妹たちの無念が、ある静謐な厳粛さとともに昇華されていくように感じられたからである」と述べた。
佐伯が「積極的な安楽死」を容認する理由として、「この先、死を待つだけの生が耐え難い苦痛に満ちたものでしかなければ、できるだけ早くその苦痛から逃れたいからである」「『死』とは1つの意識であり、意図でもある。人間は、死を意識し、死に方を経験することができる」(同)。佐伯は安楽死を「尊厳死」と呼ぶことには抵抗を感じていたともいった。
佐伯のいう通り、近代社会では生きることが至上の価値とされ、「医療技術と生命科学の進歩とともに、あらゆる病気を克服して寿命を可能な限り延ばすこと」が人類の最大の目標となった。一方で、「死に方」に関しては議論の対象にもならない。安楽死が認められている国(数年内に承認される国も含む)は、オランダ、スイス、ベルギー、ルクセンブルグ、アメリカの数州、カナダ、コロンビア、スペイン、イタリア、ニュージーランドなど。
さまざまな死に方=「積極的・消極的安楽死」「幇助自裁」「緩慢な自殺」…死はさまざまなかたちがあるように見えるが、死に方についてはいくつかに分類可能だ。ただ、「(自分の意思で)死を選ぶ」選択肢は限りなく少ない。「生き方は(医学の進歩の下)徹底的に追求されるが、死に方は議論の埒外に置かれている」ことに正直疑問を感じる。国の手で、経済的な理由から高齢者を排除するということだけは許しがたい。そんな日が来ないことを祈るばかりだ。
(了)
<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)
1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務の後、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ2人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(講談社)『親を棄てる子どもたち 新しい「姥捨山」のかたちを求めて』(平凡社新書)『「陸軍分列行進曲」とふたつの「君が代」』(同)など。関連キーワード
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