古森義久「安倍晋三氏と日本、そして世界」~追悼セミナー(3)
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NetIB-Newsでは、(株)武者リサーチの「ストラテジーブレティン」を掲載している。
今回は8月1日号、古森義久産経新聞ワシントン駐在客員特派員による「安倍晋三氏と日本、そして世界」を紹介。日本の「平和主義」は実は降伏主義
日本の戦後の「平和主義」という言葉にも大きな誤解がありました。この言葉は英語のパシフィズム、Pacifismをそのまま翻訳したかたちですが、「平和主義」とすると実は誤訳になります。ふつうに平和主義といえば、単に平和を愛する、優先する思考という意味になります。しかし英語のPacifismというのは実は戦わないという主義なのです。だから正確には反戦主義、あるいは無抵抗主義と呼ぶのが適切です。消極的平和主義、無抵抗平和主義とも呼べます。国際的な議論のなかではパシフィズムというとちょっとバカにされるようなところがある。それは外国からの軍事的な侵略や恫喝に対してなにもしない、という意味だからです。降伏主義という意味に解釈されることもあります。それが日本では平和主義と、いかにも平和愛好だけを指すように誤用される言葉となりました。
安倍さんはこのあたりの状況もよく理解していました。そして首相在任中に「積極的平和主義」という言葉を防衛の基礎として打ち出しました。ところが、日本国内には圧倒的多数の反対派がいたわけです。日本は日本なりに何と言われようが、どんな場合でも憲法9条で平和を守るのだという情緒的な主張です。その背景には国家や政府への不信があります。国民にとっては、お上というか政府のいうことに従っていたら、戦争の惨禍になってしまったと考えれば、これもそれなりに理由があるわけです。そのうえに戦後のいわゆる無抵抗平和主義、世界常識から見た異端が国民の多数派の考え方になったことには、あと2つぐらいの要因がありました。1つは明らかにGHQ、つまり占領アメリカ軍の施策です。教育方針、検閲方針、戦前の日本のやったことはすべて悪だったとする宣伝です。日本憲法が占領軍によってすべて書かれた事実も長年、伏せられていました。
もう1つはやはり共産主義、社会主義へのシンパシーです。これが日本のマスコミ、知識人といわれる層の間で極めて強かった。共産主義が正義だとすれば、戦前の日本も、戦後の日本も悪となります。アメリカがやることはよくない、アメリカとの同盟も悪い、あるいは憲法改正により日本をより均衡のとれた国にすることなど、とんでもない。日本がそんなふうになると、いわゆる軍国主義になって必ずまたどこか外国に攻撃をかける、というような宣伝が共産主義、社会主義に共鳴する勢力から叫ばれていました。そんな左翼にとって、日本は自縄自縛の半国家であったほうが良いわけです。
日米同盟の片務性を正す
安倍さんは、戦後の日本のこういう状態を1つずつ変えていきました。話はここで時代を飛び、近年に目を向けます。安倍さんがそのためにどんな改革をしたのか。わかりやすいのは平和安保法制です。2015年に日本は集団的自衛権の行使を限定的に認める法律を成立させました。それまで日本は集団的自衛権を保有しているが行使してはいけないことになっていました。そんな奇妙な国はどこにもないわけです。だから国連の平和維持軍のなかに日本の自衛隊が入ってもちょっとでも戦闘の危険があるようなところに行ってはいけない、行った場合に攻撃を受けても日本だけは他国の仲間と一緒に戦闘してはいけないんだという、奇妙な状態にありました。ちなみにこの種の他国軍との共同戦闘の禁止は平和安保法制では対処せず、従来の自縄自縛が残っています。
いまの日米安保条約に基づく日米同盟でも、日本が日本の領土か領海で攻撃を受けた時だけはアメリカから助けてもらう。だがアメリカの艦艇あるいは航空機が日本の領海領空をちょっと出たところで日本の防衛のために活動しているときに、もし第三国から攻撃を受けても、これは一切日本には関係ない、となるわけです。つまり日米同盟は双務的ではない。この点をトランプ大統領が非常に彼らしい乱暴な言い方で指摘しました。不公平だと。日本はアメリカがいくら攻撃されても日本人は家にいて、ソニーのテレビを見てればいいんだ、と何回も述べました。この指摘は実はアメリカのなかのかなりの部分の心情というか考え方を反映しているところです。安倍さんは日米同盟に日本が自国の防衛を依存するのであれば、ある程度の双務性は欠かせないと考えていました。アメリカが日本を助けるだけではなく、日本も何かアメリカを救うために行動をとらなければならない、ということで平和安全法制という新法律を通しました。あるいはこれに前後して特定密保護法というのをつくっています。これも日本の戦後の異端とかかわっています。戦後の日本にはそもそも国家機密という概念がなかった。だからその秘密に相当する政府の情報を敵性のある外国に流しても犯罪とはならない。他の諸国なら不可欠とされるスパイ防止法的な規制がないからです。日米同盟でアメリカから取得した軍事機密を日本側で第三国に流しても、違法行為とはならないという時代が続いたのです。それを安倍さんが是正しました。
国家は国民とともにある
戦後の日本ではそもそも国家が嫌いだという傾向が強かったのです。国家というのは、個人を抑圧する悪の存在だとする。国家というと国家権力と表現される。その後に弾圧という言葉が、連想ゲームのように出てくる場合が多かった。マスコミあるいは学者のなかではとくにそうだった。
ところが安倍さんが首相として明らかに信奉した政治思考では、国家は国民とともにある。国民が国家の在り方を決める。それが民主主義だということです。民主主義の国であれば国家と国民というのは同じであって、国民こそが国家を選ぶ国家の枠組みをつくる。決して国家と国民というのは対峙する存在同士ではないわけです。ところが国民の多くが国家という意識をもたない、あるいは国家は悪い存在だとみなす。そうすると、国民は国のために何かをするという感覚が減っていく。国家のために個人の利益を脇においても何かをする、ことがない。日本という国を愛するという感覚もなくなる。逆に日本を愛するというと、右翼だとか軍国主義だというレッテルを貼られる。そういう状態が永く続いてきたわけです。私もそういう感覚にどっぷり浸かっていた時代がありました。
この点を安倍さんはが非常にわかりやすい表現、温和な物言い方で少しずつ変えていきました。穏やかではあるけれど、決して芯を曲げないという方法で次々に変えていきました。国家安全保障会議というのを初めて創設したのも安倍首相です。その政策の実施の組織として国家安全保障局というのをつくった。それまで国家安全保障という概念が日本の政府の政策のなかにはなかった。しかしそれをはっきり確立しなければならない、独立国家であれば自分の国を守るという体制をつくらなければならない。自国を守るための行動をとってはいけないのだというような政治風潮や行政組織の枠組みを変える。それが安倍晋三氏が成し遂げてきたことです。
(つづく)
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