2024年11月05日( 火 )

今年は半導体戦争が表面化か 米中台の緊張は臨界点に達する兆しも(前)

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ジャーナリスト
姫田 小夏

 米国には「中国が台湾の半導体に手を出す前にそれを阻止すべし」という議論がある。今や「半導体を制する者が世界を制する時代」となり、台湾をめぐる米中の対立は、半導体をめぐる攻防にステージを移した。「焦土作戦」という言葉が俎上に上る昨今、半導体産業から見た米中台の緊張は臨界点に達する可能性が出てきた。世界最大の半導体ファウンドリ(受託生産)である台湾積体電路製造股份有限公司(以下、TSMC)の動きから、2023年の米中台の動向と「台湾有事」の可能性を展望する。

半導体 イメージ    台湾有事はあるのか否か──。日本でもそんな会話がごく身近でも聞かれるようになった。中国が台湾を武力で統一しようとした場合、すかさず米国が介入して始まる“ドンパチ”は、私たち日本人にとっては「遠い未来に起こるかもしれない」、あるいは「起こらないかもしれない」という漠然としたものだった。

 しかし、台湾をめぐる米中対立の先鋭化はとどまるところを知らない。2021年5月、米国のインド太平洋政策調整官であるカート・キャンベル氏が「米中のいかなる対立も小さな地域に限定される可能性は低く、誰も予測できなかったかたちで世界経済を根本的に破壊するだろう」と予測したが、まさに今年以降、世界経済はこの道筋をたどりそうな雲行きだ。

 「一つの中国」の原則と歴史的・文化的要因から、台湾を是が非でも本土に統一しようとする中国に対し、米国は、中国人民解放軍の防衛上における最重要海域「第1列島線」に台湾も含まれることから侵攻抑止に乗り出す。昨年8月初旬、独立を唱える与党・民進党の蔡英文総統はナンシー・ペロシ米下院議長の訪台を受け入れたが、これは米中台の緊張をいっそう増幅させ、有事の可能性をより色濃いものにした。

 22年12月末、中国メディア『観察者網』は、「台湾の平和的再統一の夜明けは静かに始まる」と題した寄稿文を掲載した。文章は「中国は平和的統一を最優先にしているが、軍事的統一の兆しがますます強まるだろう」という一文から始まっていた。

 また、中国の国防専門雑誌「兵工科技」は、「今後1~2年が台湾にとって主動的な統一を選択する最後のチャンスとなるかもしれない」とする同誌編集長の記事を公開した。言外には、「そうしなければ、中国による武力統一を受けざるを得ない」という示唆がある。

 中国でこうした文章が公開された背景には、ロバート・オブライエン元米国国家安全保障問題担当大統領補佐官による発言があった。22年11月10日、同氏はリチャード・ニクソン財団のグランド・ストラテジー・サミットにおいて「もしも中国が台湾を侵略した場合、米国は台湾の半導体工場の能力をなくす」とし、中国に半導体製造インフラを提供しないことの重要性を強調する発言を行ったのである。

なぜ焦土作戦なのか

 この発言が意味するのは「焦土作戦」である。焦土作戦とは、攻撃を受けた側が、戦略として敵の目的物を自ら焼き払うことだが、目下、中国を抑止するために台湾で焦土作戦を行うかどうかの議論が米国で進んでいるというのだ。

 この考え方のベースにあるのは、21年11月17日に米陸軍戦略大学の学術季刊誌「パラメーターズ」で、米空軍大学のジャレッド・M・マッキニー博士とピーター・ハリス准教授が執筆した「Broken Nest:Deterring China from Invading Taiwan(壊れた巣:中国の台湾侵攻を阻止する)」と題した14頁にわたる論文である。そこには、およそ以下の3点が書かれている。

① 中国が台湾を征服することを選択した場合、たとえ米国が介入したとしても征服されてしまう可能性が高い。

② これは、多大な経済的犠牲を払ってでも台湾の重要なインフラを破壊する計画を立てることを意味する。

③ 大国間の紛争の社会的・経済的コストは、台湾の半導体産業の解体に標的を絞ることで小さくなるだろう。

 焦土作戦を台湾のケースに当てはめると、「中国の武力による統一を拒む台湾が攻撃を受けたとき、中国の目的物である台湾の半導体工場を自ら焼き払えば、中国に半導体工場を利用されることはない」ということになる。犠牲者の数を増やすのではなく、台湾の経済的な価値を失わせて中国に統一を思いとどまらせるというのが、作戦の“極意”である。

 中国メディアは「焦土作戦を持ち出したのは、この20年で実力をつけた中国人民解放軍を米国が相当恐れていることの証拠」だと報じ、また香港の英文オンライン日刊紙「アジア・タイムズ・オンライン」も、「(米台による)焦土作戦の選択は、米国が軍事的手段により台湾を防衛できないことを暗黙裡に認めている」と伝えた。中国の急速な軍事力の近代化と米国の抑止力の相対的低下は、焦土作戦をより現実的なものにするとの見方がある。

 ちなみに「壊れた巣」というのは、中国語の「覆巣無完卵」に由来するもので、直訳すれば「巣がひっくり返れば割れない卵はない」となる。実際、これは「国が滅びれば人民もろともに滅亡する」という意味をもつ、かなり物騒な故事成語である。

(つづく)


<プロフィール>
姫田 小夏
(ひめだ・こなつ)
ジャーナリスト。アジア・ビズ・フォーラム主宰。上海財経大学公共経済管理学院・公共経営修士(MPA)。著書に『インバウンドの罠』(時事出版)、『バングラデシュ成長企業』(共著、カナリアコミュニケーションズ)、『ポストコロナと中国の世界観』(集広舎)など。「ダイヤモンド・オンライン」の「China Report」は13年超の長寿連載。「プレジデントオンライン」「日中経協ジャーナル」など執筆・寄稿媒体多数。内外情勢調査会、関西経営管理協会登録講師。

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