2024年11月24日( 日 )

韓国を「多国間協調」に誘導せよ〜日韓関係の今後の課題(前)

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毎日新聞元論説委員 元ソウル支局長
下川 正晴

 広島市で開かれた主要七カ国首脳会議(G7サミット)は、21世紀の世界史にとって特筆すべき国際会議になった。ロシアに侵略されたウクライナのゼレンスキー大統領は、劇的に広島入りして対面参加し、各国から強力な支援を取り付けた。インド、インドネシアなど「グローバルサウス」諸国との会談も有意義だった。韓国の尹錫悦大統領のサミット参加にも合格点が与えられる。長い間にわたって戦後日本外交の足かせになってきた韓国との関係正常化を踏まえ、今後の日韓関係を展望する。次期政権が再び左翼政権に逆戻りする危険性を念頭に置きながら、自由主義国家の一翼である韓国を多国間外交に誘導する方途を考えたい。

影が薄かった韓国外交

広島韓国人原爆犠牲者慰霊碑 イメージ    韓国の尹錫悦大統領は、G7広島サミットにインド、インドネシア、ベトナム、豪州などとともに招待された。日本の岸田文雄首相とともに韓国人被爆者慰霊碑を参拝したのも特筆される。なにせ、小渕恵三元首相が現職当時の1999年に参拝した前例があるのに、韓国大統領の参拝はなかったのだ。

 尹大統領は21日の多国間討議で、北朝鮮の核・ミサイルによる威嚇をロシアによるウクライナ侵略と並ぶ「深刻な国際法規違反」と指摘し、「韓国は自由の価値と法治に基づく国際秩序を強固にするため、G7各国と緊密に協力していく」と強調した。韓国大統領府高官は、「韓国がより大きな役割をはたすとのビジョンを世界に示す契機になった」と説明した。韓国の世論調査によれば、訪日後の大統領支持率は39%に達し、4週連続で上昇した。

 一連のサミット外交について、産経新聞(22日付朝刊5面)のように「多国間外交で『傍観者』にとどまることが多かった旧来の韓国外交からの脱却を印象づけた」と積極的に評価する向きもあるが、いささか過大評価である。実際、尹大統領を支持しない韓国民も、57・9%と依然として高率である。

 G7広島サミットでの韓国の影は、薄かったというほかない。それはサミット終了後の朝日新聞(22日朝刊)紙面を見れば明らかだ。1面〜3面にわたって展開されたG7総括記事に、「韓国」の二文字がないのだ。同紙は従来、韓国寄りの報道が多かったが、今回のG7報道では産経とは対照的に、韓国の動向に冷淡である。同日付けの読売新聞の朝刊1〜3面も、同様に「韓国」の文字がない。

 朝日の報道ぶりを例示しておくと、1面記事で「ゼレンスキー氏は(中略)G7の全ての国のほか、インド、インドネシアの首脳と二国間会談を行った」とのみ記述する。ゼレンスキー大統領は実際には尹大統領とも21日午前に会談したのだが、朝日、読売、さらに産経によっても、その事実報道は省略された。

 尹大統領はゼレンスキー大統領との会談で、「大韓民国は、ウクライナ国民が平和と日常を回復するまでともにする」「地雷除去装備など、必要な物資を迅速に支援できるよう努力する」と述べた(FNNプライムオンライン)。しかし上記3紙は、これにさしたるニュースバリューを感じなかったらしい。極めて微温的な言及なのだから、まあ順当な判断であろう。

 G7広島サミットを席巻したゼレンスキー大統領に次いで、世界のメディアの耳目を集めたのは周知の通り、インドのモディ首相である。韓国よりもインドなのである。これが「世界の現状認識」であり、韓国メディアのG7報道とは千里の径庭がある。

 韓国メディアのG7広島サミットに臨むスタンスは、韓国経済新聞の社説(20日付)「G8の前に立つ韓国外交、G7とともに新国際秩序を描く」が典型的である。

 ここでいう「G8」とは、G7プラス韓国、という意味だ。かつてトランプ前米大統領も言及した言葉だが、彼一流のリップサービスに過ぎない。韓国の外交政策は左派政権下では親中政策に傾斜する。そんな不安定な国家をG7に加えるわけにいかない、というのが主要七カ国の総意である。そのような冷徹な「現実認識」を韓国メディアは伝えるべきなのだ。

韓国メディア=日韓和解の阻害物

 私は1985年に語学留学し、翌年から毎日新聞ソウル特派員として「韓国観察」を続けてきた。2005年の退職後も韓国の私立大学で客員教授を務めたほか、韓国語訳もある『日本統治下の朝鮮シネマ群像』(2019年)など歴史学的な考察も刊行してきた。

 私見によれば、日韓関係を悪くするものは政治とメディア(教科書と新聞)である。今回のG7報道でも、韓国メディアの誤報体質は露わであった。

 保守派の『朝鮮日報』は、20日付・広島発の「バイデン大統領、原爆慰霊碑を訪れるも謝罪はせず」という記事を掲載した。バイデンがほかの首脳らとともに原爆資料館を訪れ、慰霊碑に献花したことを報じる記事だが、そのなかには「日本が望んでいた謝罪はなかったという」との看過できない一節がある。これは明らかな誤報である。日本側は被爆者団体を含めて、「米国による謝罪」を慰霊碑参拝の条件にはしてこなかったからである。

 その点がよくわからない読者がおられるなら、NHK総合テレビ『アナザーストーリーズ オバマ大統領 広島の地へ〜歴史的訪問の舞台裏』(19日放送、23日再放送)をご覧になれば良い。被爆者団体らは米国のデリケートな国内状況を勘案して「謝罪を求めず」との決断を下し、それがオバマ大統領の広島訪問に結実したのだ。これは日本と米国の「和解」の経緯を知る者には、もはや常識である。解決困難な過去に向き合う際の、今や国際的常識というべきものである。

 また左派新聞『ハンギョレ』は20日、「韓国視察団の派遣前に汚染水への懸念を『怪談』と主張…日本側に立つ韓国与党」という社説を掲載した。

 福島原発の処理水放出を前にして、21日、韓国政府は専門家集団の現地視察団を派遣した。それを控えて韓国与党がオックスフォード大学教授の専門家を招いたことを批判した社説だ。同教授は「福島原発の水を1L飲める」と公言してきた。ハンギョレのように、福島原発の処理水を「汚染水」と表記するのは非科学的である。

 和解し合う気持ちが相互になければ和解は達成されない。韓国メディアの偏狭さは「井の中の蛙」にも等しい。史実に基づかない歴史認識と国際感覚のなさは、日韓和解の阻害物なのである。

(つづく)


<プロフィール>
下川 正晴
(しもかわ・まさはる)
1949年鹿児島県生まれ。毎日新聞ソウル、バンコク支局長、論説委員、韓国外国語大学客員教授、大分県立芸術文化短大教授(マスメディア、現代韓国論)を歴任。現在、著述業(コリア、台湾、近現代日本史、映画など)に従事。著作に『忘却の引揚史―泉靖一と二日市保養所』(弦書房、2017)、『占領と引揚げの肖像BEPPU1945-1956』(弦書房、2020)など。

(後)

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