2024年11月23日( 土 )

全国有数の温泉地・由布院で明らかとなった行政ぐるみの老舗旅館優遇の実態

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 全国有数の温泉観光地・大分県の由布院で、老舗旅館「玉の湯」と地元住民との間に起こった宿泊施設からの排水をめぐる問題は、行政・議会も巻き込んでさらに大きな広がりを見せている。住民側は、市民団体を結成して反対活動を展開し、11月22日には大分地方裁判所に、排水の中止と水路に接続した配管の撤去などを求める訴訟を起こした。問題の背景と広がりをレポートする。
(今号の取材・執筆はすべて特別取材班)

※温泉地としては「由布院」の表記で統一し、旧町名「湯布院町」に由来した表記のみ「湯布院」を用いる。

国のお墨付き国民保養温泉地

 日本一湧出量が多い温泉地は大分県だが、湧出量の第1位は別府温泉、2位が由布院温泉といわれる。由布院は全国的に知名度が高く、日本を代表する温泉地の1つである。近年は賑わいが増しており、JR由布院駅からほど近い湯の坪街道沿いには、若い世代向けの売店が並び、インバウンドによる海外の観光客も多く見られる。そもそも由布院が観光地化した理由は、「国民保養温泉地」指定による国のお墨付きが大きい。2023年1月時点で、全国に79の温泉地が指定されている。

国民保養温泉地一覧(九州地区)
国民保養温泉地一覧(九州地区)

    19年に環境省は、従来の由布院温泉(由布院・湯平)に加え、由布市の塚原・庄内・挾間の3つの温泉を「湯布院温泉郷」として「国民保養温泉地」に指定した。05年に湯布院町・庄内町・狭間町の3町が合併して、由布市となったが、19年の環境省による庄内などの国民保養温泉地指定で、全市的に温泉の町になったといえよう。

 国民保養温泉地とは、「温泉の公共的利用増進のため、温泉利用の効果が十分期待され、かつ、健全な保養地として活用される温泉地を『温泉法』に基づき、環境大臣が指定するもの」(環境省ホームページ)とある。指定の条件は次の通りである。

 (1)自然環境、まちなみ、歴史、風土、文化等の観点から保養地として適していること。
 (2)医学的立場から適正な温泉利用や健康管理について指導が可能な医師の配置計画または同医師との連携のもと入浴方法等の指導ができる人材の配置計画もしくは育成方針などが確立していること。
 (3)温泉資源の保護、温泉の衛生管理、温泉の公共的利用の増進ならびに高齢者および障がい者などへの配慮に関する取り組みを適切に行うこととしていること。
 (4)災害防止に関する取り組みが充実していること。

 4項目のいずれの条件も満たすには、行政だけでなく地元事業者の率先した取り組みが必要だ。国民保養温泉地に指定された由布院で、同地を代表する老舗旅館「玉の湯」と地元住民との間で紛争が起こっている背景には、玉の湯側に、国も地元行政も自分たちの意向を優先してくれるという意識があったのではないだろうか。

JR九州社外取締役就任 桑野氏の影響力拡大

 現在の玉の湯の代表取締役社長は、先代の溝口薫平氏の長女である桑野和泉氏が務めている。NHK経営委員や大分大学経営協議会委員などを歴任、14年6月には九州旅客鉄道(JR九州)社外取締役にも就任している。玉の湯が、JR九州の高級寝台列車「ななつ星in九州」の乗務員の研修に協力するなど同社との関係を深め、社外取締役に請われたという。

 当社のNetIB-NEWSや誌面で、玉の湯と行政との関係ならびに観光庁からの補助金の問題を取り上げてきたが、玉の湯が国や大分県・由布市行政に強い発言力をもつに至った要因として、JR九州社外取締役就任が大きいといわれる。

 22年5月、JR九州は21年度の有価証券報告書などの開示書類の訂正を発表した。社外からの独立役員が、実際は「独立」していなかったという。決算発表において古宮洋二社長が陳謝し、再発防止に努めることを表明した。この社外からの独立役員が、桑野氏である。

 JR九州は、社外役員の独立性判断基準において、「当社を主要な取引先とする者(直前3事業年度において、平均してその者の年間連結売上高の2%を超える支払を当社から受けている者)、またはその者が法人等の場合には、当該法人の業務執行者」は当社からの独立性を有しないと定めている。

 JR九州と玉の湯との取引は、17年度は0.16%であったが、18年度以降、「ななつ星」の利用者の宿泊が増加し、20年度までの3年間の平均で2.2%であった。JR九州は21年度有価証券報告書などにおいて、桑野氏を独立役員として誤って記載していたと認め、桑野氏は、22年6月の定時株主総会において任期満了で退任した。

 退任したとはいえ、JR九州は九州を代表する企業であり、かつ大分県内の鉄道路線を担う同社の元社外取締役の肩書きは、桑野氏にとって営業拡大や、行政を含めた各界への影響力強化には好都合だったのは間違いない。

サービスアパートメント建設 取材拒否に徹する玉の湯

 そうしたなか、桑野氏が22年11月に打ち出したのが、宿泊施設と医療施設の複合施設「(仮称)玉の湯サービスアパートメント」の建設である。長期滞在に対応した施設であり、コンセプトは、日常生活のように「暮らす」感覚で旅をし、体も心もリフレッシュする「滞在型保養温泉地」だという。一般的な宿泊にとどまらず、訪問看護を含む医療サービスも別料金で提供することが予定されている。

 地元住民が「サービスアパートメント」からの排水を懸念するのは、1つは、過去に床下浸水をともなう水害を経験してきたことがある。由布市のハザードマップで50cmから3mの浸水想定区域とされていることから、サービスアパートメントの排水を放流することで、大雨時に水路から溢れ出る可能性は高い。しかも、アパートメントが医療サービスを提供するとなると、医療系の排出物も一緒に放流されるのではないかと心配する声がある。

 しかし、玉の湯側は、住民のそうした懸念に正面から答えず、当社の取材要請に対しても拒否したまま、10月末に玉の湯の代理人を名乗る弁護士から、当社あてに文書が送付されてきた。

 文面には「これについて、依頼会社としては、意見、反論がありますので、今後、記事、動画を掲載されるにあたっては、是非、依頼会社(代理人である当職宛てにご連絡願います。)に対する取材を踏まえた、客観的かつ中立な立場からの記事等の掲載をお願いできればと存じます」とある。さらに、「いずれにしても、貴社は、これまでも、これからも、鋭い問題提起を発して行かれることと存じますが、依頼会社、当職とも、これに対して何らの反対や批判を行うものではございませんので、誤解されませんようお願い致します」と述べられている。

 そこで、数回にわたって代理人を名乗る弁護士事務所に連絡を試みた。折り返しの連絡は11月24日時点でない状態にある。

問題を複雑化させる議会・行政の事なかれ主義

 当社の報道内容に対して意見・反論があれば、堂々と公の場で行われるべきだが、当社の報道や住民側の反対運動が収まらないとみるや、玉の湯は、排水問題で苦悩している住民らに寄り添って活動してきた地元選出の髙田龍也市議に対する懲罰を求める陳情書を市議会に提出した。

 11月22日の全員協議会で、陳情が受理されたことが判明したが、その内容は、当社がYouTubeチャンネルにおいて公開している「髙田龍也・由布市議会議員、由布院・玉の湯施設の排水問題を語る」が、由布市の議会基本条例に反し、議会の品位・秩序を乱すものとして、懲罰を求める内容である。また、陳情書には、動画で髙田市議が語った内容に対する反訳書も添付されている。

 圧力が強まるなかで髙田市議は「絶対に負けられません」と語ったが、そもそも、なぜ、議長や議会運営委員長が、地元住民に寄り添って活動し議員としての本分を全うする同僚議員に対する懲罰要求の陳情を受理したのか、疑問の声が挙がっている。そこには政治的な思惑が見え隠れする。

大分県の政治事情

 玉の湯が行政に強い影響力を行使している背景として、大分県の政治事情は無視できない。村山富市元首相を輩出した大分県は、「社会党王国」と呼ばれる。現在、大分県議会では、自民党会派が第1党で、旧民主・社民系の県民クラブが第2会派で、両会派を中心として議会運営が行われている。県議会は20の選挙区があり、定数は43人である。由布市選挙区は定数2で、4月の統一地方選挙ではいずれも現職が当選した。

 1人は自民党所属の太田正美氏で、玉の湯やその社長である桑野氏に近い「榎屋旅館」の元社長である。現在は由布市内で、保育園などを運営する社会福祉法人の理事長を務める。もう1人は、自治労組織内議員の二ノ宮健治氏である。県民クラブの副会派長を務める。

 自民党は観光産業、旧民主系は公務員労働組合を足がかりにしており、どちらも行政に強い利害関係を有する。県と市町村は法的に対等な関係にはあるが、政令市以外は都道府県の力を借りなければならない分野が少なくない。県議会議員の影響力は、自ずと一般市町村にも強く反映される。

 由布市議会も、自民党系の無所属議員が多いが、執行部との関係で、市長寄りの議員が少なくない。「市議会の半数は執行部寄りで、自民党員でも自治労の推薦議員と協調する議員がいる」という。

政治と由布市観光業

 榎屋旅館は現在、2代目社長として太田県議の子息の慎太郎氏が事業を承継している。慎太郎氏は代表就任後の17年に旅館「草庵秋桜」をリニューアルオープンするなど、若手経営者のニューリーダーとして活躍している。

 別稿で取り上げたが、桑野氏が代表理事を務める(一社)由布市まちづくり観光局(以下、観光局)が、観光庁の補助制度を市内全域の宿泊業者に周知せず、その結果、仲間内の旅館・ホテルだけが補助金を受給しており、太田氏が経営する榎屋旅館もそのなかに含まれる。なお、観光局は毎年、由布市からも約6,000万円の補助金を受けている。

 由布市は昨年7月に、東京・有楽町の大分県のアンテナショップ「坐来大分」で観光情報説明会「由布院温泉を拠点とした滞在・循環型観光のススメ」を開催したが、会の冒頭、市を代表して副市長が挨拶し、第2部では桑野氏が挨拶した。

 市職員出身の市長も、市長選挙や行政運営を考えると「稼ぎ頭」の観光業、とりわけ桑野氏や太田氏には頭が上がらない。副市長は元大分県職員だが、観光・地域振興監を務めた経歴があり、就任にあたって桑野氏の推挙があったとされる。

 10月23日、大分県は地域経済のけん引役となる地場企業を支援する「地域けん引企業創出事業」の対象に、製造業やサービス業を新たに認定した。その1つとして宿泊業からは玉の湯が選定され、佐藤樹一郎知事が県庁で桑野氏らに認定証を手渡している。

 その選定理由となったのが、玉の湯が新設するサービスアパートメントである。大分県の地域けん引企業創出事業は14年に始まったが、人材確保などの経費を3年間で最大で5,000万円を補助する。ここまでくると、行政と特定業界の癒着と言って過言ではない。

市の不可解な排水処理

 取材を進めていくなかで、事の発端となったアパートメントからの排水は、穏健な解決策があったことがわかってきた。施設と住民宅の間にある市道の下には、別の排水管が敷設されている。旧湯布院町時代に、同和対策事業特別措置法による事業で敷設されたものである。

 長年、地元で人権運動に取り組んできた大分県環境保護協議会会長・桝田政博氏によると「由布市の環境課にも当時の市議会議長にも市長にもお会いして、住民の水路ではなく、この排水管を利用すれば、両方(住民・玉の湯)とも問題解決するとお話しし、玉の湯にも伝えた」という。桝田氏はさらに続けて「行政の対応が問題で、浄化槽以外は流せないの一点張りだが、実際は雑排水も流しており、何ら問題はない」「不当な要求は行っていない」と明言した。住民も排水問題が「ここまでこじれるとは思わなかった」と語ったが、もし、桝田氏の提案が実現していれば、まったく違ったかたちになっていただろう。

住民を無視した行政と企業癒着

 住民が訴訟を提起するに至ったのは、玉の湯の姿勢もあるが、事なかれ主義で、地元観光業の顔色をうかがうばかりの由布市行政にあるのは間違いない。

 当社取材班は、由布市役所を取材し、庁舎外からカメラで動画撮影を行ったが、その際、複数の職員から終始監視されていた。

 「由布市は地域自治を大切にした住み良さ日本一のまちを目指します!」

 大分県由布市のホームページのトップにこのように掲示されている。真に「住民自治を大切に」「住み良さ日本一」という謳い文句の通りであればよいが、現実はそうではない。取材を通じて、老舗温泉旅館と住民の紛争という問題にとどまらない行政や議会の在り方をも浮き彫りになった。

 自立・自覚した住民と、旧態依然とした行政とそれと癒着した地元企業の構図は全国各地にある。引き続き、取材・報道を行っていきたい。

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