2024年11月25日( 月 )

子どもとお年寄りに優しい社会が「豊かな社会」

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 NETIBでは、政治経済学者の植草一秀氏のブログ記事から一部を抜粋して紹介する。本日は、安倍晋三首相が提唱する「一億総活躍」の真意に、国民の存在価値を日本政府がどう判断しているかが現れているとする2015年12月23日のブログを紹介する。


 日本経済は野田政権の時代と同様に低迷を続けている。安倍政権は「三本の矢」や「新三本の矢」などの施策を提示するが、ここにも非知性主義
の特徴がよく表れている。

 「三本の矢」は、金融政策、財政政策、成長政策の三つで、目新しさはまったくないが、一応は、目標に到達するための手段を示すものだった。しかし、「新三本の矢」はGDP600兆円、出生率引上げ、介護離職ゼロの三つで、こちら は、目標に到達する手段ではなく、目標そのものである。こちらは、「三本の矢」ではなく、「三つの的」なのだ。そして、最初の「三本の矢」では、金融政策によって実現するとしていた、インフレ率2%が完全に失敗。インフレ率はゼロである。財政政策は、積極財政から超緊縮財政に変節し、日本経済は2014年に撃墜され、2015年も地を這うような停滞を続けている。成長政策だけは推進されているのだが、その結果として表出しているのは、大企業利益の増加と株価上昇と労働者所得の減少と消費低迷なのである。

 大企業の利益が増えて株価が上昇したから、経済全体が浮上したかのような言い回しがなされるが、まったく違う。株価の上昇は経済の浮上を意味していない。経済が停滞しているのに、株価が上昇したということは、すなわち、経済活動の果実の分配において、資本の側が占有する比率が大きく上昇したことを意味する。つまり、労働者の取り分、労働分配率は大幅に低下しているのだ。この部分にアベノミクスの本質がある。

 アベノミクスの本質とは、資本の利益の極大化であり、それは、そのまま、労働者からの搾取の拡大を意味するのだ。だから、資本家がアベノミクスを礼賛するのは順当なのだが、労働者がアベノミクスを礼賛するのは、まったくの筋違いだ。土足で踏みつぶされて喜ぶような、奇異な対応なのである。

 安倍政権が「新三本の矢」で狙うのは、働くことのできる人間は、全員を労働市場に引きずり出すということだ。出生率引上げは、働く人数を増やすためのものであるし、介護離職ゼロは、介護を理由に働くのをやめることを許さない、というものだ。
 働ける年齢の人口は、全員を労働市場に引きずり出す。しかし、決して手厚い処遇はしない。全員を、最低の賃金で働かせる。これを「一億総活躍」と表現している。
 しかし、働ける年齢を超えた国民に対してはどう接するのか。安倍政権は働ける年齢を超えた国民は、邪魔者として扱う。「一億総活躍」の「活躍」とは、「労働」のことで、「労働」ができなくなった国民は存在する意味がない、というのが安倍政権の考え方であると言える。生産年齢を超えて働けなくなった国民が、長居をすることは、国にとって、費用がかかるだけの、迷惑な事態なのである。

 そこで、健康保険医療や、年金給付を最大限削って、国民があまり長居をしないように制度を変える。これもしっかりと、安倍政権の経済政策路線のなかに組み込まれている。安倍政権を支持するのかしないのかは、こうした安倍政権の本質をしっかりと見抜いてから行うべきだ。株価上昇と株価上昇をはやすマスメディアに流されてはならない。

※続きはメルマガ版「植草一秀の『知られざる真実』」第1323号「子どもとお年寄りに優しい社会が「豊かな社会」」で。


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