お年寄りは下ネタがお好き(前)
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大さんのシニアリポート第50回
毎月第4土曜日は、運営する「サロン幸福亭ぐるり」(以下「ぐるり」)で、「IT茶話会」と称して、インターネットにある動画を見ながら来亭者と楽しんでいる。前回は、10年ほど前のテレビ番組、「さんまのスーパーからくりTV」(TBS)の人気コーナー「ご長寿早押しクイズ」を観た。その珍回答に全員腹を抱えて笑い転げた。回答の約半分は下ネタ。具体的に字面をならべても読者の顰蹙を買うだけだが、ひとたび高齢者独特の抑揚と声音で話すのを聞くと、俄然言葉が異彩を放ちはじめる。終了後、常連の間から下ネタ(もどき)が続出した。それが少しも嫌らしさを感じさせない。明るいのだ。
常連のなかに、90歳になる外岡正義(仮名)さんがいる。彼の口癖は、「わたしはすでに死んでいるのだが、それに気づかないで生きている」である。「外岡語録」として壁に貼りだしてある。15年ほど前に最愛の妻を亡くされ、現在は独り住まい。180センチを越す上背、端整な顔立ちで女性常連客に大もてである。昔はさぞかし泣かせたんではないかと推測。外岡さんはこの年になっても何事にも興味を抱く。政治的には超右派で、中庸のわたしとたびたびぶつかる。しかし、ディベートの最後は必ず握手して「ノーサイド」。実に紳士的な対応ができる人物である。その彼が見事に好色なのである。
週刊誌の袋とじを開き、じっくりと見入り、うれしそうに声にだして笑うのだ。その様子が少しも嫌らしくない。80歳を過ぎてから英会話に興味を持ちはじめる。彼のコンセプトは「月謝を払って先生に習っても実践的ではない」と電車を乗り継ぎ、池袋にある立教大学のキャンパスに入り込み、外国人とおぼしき女子学生に話しかけ、友だちになって会話を楽しむというのだ。男子学生はだめ。「女子学生と話をするだけで若返るもの」と得意げに話す。実際、ネパールの女子学生と懇意になり、条件のいいアルバイトを世話したほどだ。とにかくモテる。一石二鳥を地でいくナイス・シニアである。
その彼にプレゼントを贈った。葛飾北斎の春画、『喜能会之故真通(きのえのこまつ)下の3図』。全裸の女性が蛸と絡み合った不思議な絵図である。迫力に満ちた筆致はエロスを感じさせる一方で、同時に強い生命力を与えてくれる見事な作品である。外岡さんは喜んで受け取ってくれたのはいいのだが、注文がついた。「これを大伸ばしして寝室の天井に張りたいんだが…」という。無理をいって大伸ばしできるコピー機を持つ友人に頼んだ。模造紙大の大型作品は現在も外岡さんの寝室の天井に飾られ、就寝と起床時に拝んでいるという。「実に見事だ。じっと見ていると、蛸と女が動きだすんじゃないかと思ってしまう」とご機嫌。原本はそのまま「ぐるり」の書架に置いたままだ。
わたしは常日頃から来亭者にいう。「健康的に余生を送るには、食事と適度な運動、来亭者との会話。カラオケで大声をだすこと。それに色気を失わないこと。エッチな妄想や異性に興味を持つことは恥ずかしいことではない。外岡さんはそのすべてを実践している素晴らしい模範的な高齢者です」と。「ぐるり」の常連は圧倒的に女性が多い。「とくに女性は灰になるまでセックスが可能だっていうじゃない?」というと、決まって「いやだー、いい年して。もう女を卒業したの」といいながら、まんざらでもない顔をする。実際、同じ団地住民同士でつきあいはじめた常連がいる。籍も入れず同居もしていないが、誰も陰口をたたくものがいない。それでいい。
(つづく)
<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)
1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務ののち、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ二人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(近著・講談社)など。関連キーワード
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