2024年11月24日( 日 )

日学法違反を日学見直しで隠蔽するな

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 NetIB-Newsでは、政治経済学者の植草一秀氏のブログ記事を紹介する。今回は、「菅首相の日本学術会議の任命拒否は法律違反、『法の支配』破壊の問題。この問題は日本学術会議の見直しの問題はまったく別の問題である」と訴えた10月10日付の記事を紹介する。


静岡県の川勝平太知事が菅義偉首相による日本学術会議会員任命拒否について
「菅義偉という人物の教養のレベルが図らずも露見したということでないかと思います。」
と発言したと報じられた。

日本学術会議法には
第七条 日本学術会議は、二百十人の日本学術会議会員(以下「会員」という)をもつて、これを組織する。
2 会員は、第十七条の規定による推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する。

第十七条 日本学術会議は、規則で定めるところにより、優れた研究又は業績がある科学者のうちから会員の候補者を選考し、内閣府令で定めるところにより、内閣総理大臣に推薦するものとする。
の条文が置かれている。

ここに明記されている日本学術会議の推薦と内閣総理大臣の任命の手続きについて、日本政府は国会答弁で次のように答えている。

1983年5月12日、参院文教委員会で当時の中曽根康弘首相答弁。
「政府が行うのは形式的任命にすぎません」

同年11月24日、参院文教委員会での日本共産党の吉川春子参院議員の質問に対する丹羽兵助総理府総務長官の答弁。
「学会の方から推薦をしていただいた者は拒否はしない、その通りのかたちだけの任命をしていく」

日本学術会議の推薦の要件は
「規則で定めるところにより、優れた研究又は業績がある科学者のうちから会員の候補者を選考」
である。

日本学術会議が優れた研究または業績がある科学者のうちから会員の候補者を選考して推薦した場合、
内閣総理大臣は推薦された者を拒否せず、その通りかたちだけの任命をすることが確認されている。

今回の事例は日本学術会議が推薦した候補者のうち、6名の任命を拒否して99名だけを任命したもの。
これは日本学術会議法の定めならびにその運用についての政府対応に反している。
「日本学術会議法」違反に当たる。
このことが問題にされている。

これに対して、菅内閣は日本学術会議そのものの在り方についての見直しをする必要性を主張している。
日本学術会議の在り方についての見直しの方針を示しても構わない。

しかし、今回の、学術会議が推薦した候補者の任命を菅首相が拒否した問題と、学術会議の見直しの問題はまったく別のもの。
任命拒否が問題になっているときに学術会議の見直しの話を持ち出しても何の意味もない。
「頭が悪い」と表現すれば語弊があるが、川勝知事の「教養のレベルが露見した」のコメントは正鵠を射たものに感じられる。

菅内閣は
「首相に日学法第17条による推薦の通りに任命すべき義務があるとまではいえない」
「総合的、俯瞰的な活動を確保する観点から判断した」
と説明するが、日本学術会議法第17条の会員推薦の基準には
「優れた研究又は業績がある科学者」
と表現されているだけで、「総合的」という言葉も「俯瞰的」という言葉も使われていない。

83年政府答弁は任命に際して学術会議の推薦に基づき、拒否せずに、推薦の通りのかたちだけの任命をすることを明言している。
「義務」という言葉を使おうが使うまいが、誤解が生じる余地がない。
この問題と学術会議の見直しはまったく別次元の話。

菅首相が追及されているのは学術会議の推薦の通りのかたちだけの任命を拒否したこと。
しかも、菅首相は任命を拒否された6名を含む105名の推薦者リストを見ていないと答えた。
これもミステリーだ。

任命権者である内閣総理大臣菅義偉氏が6人を任命拒否したのに、菅首相が、6人が記載されたリストを見ていないというのだ。
菅首相は就任から1カ月以上も所信表明も行わず、フリーに質問が許される記者会見も開かない。
職務怠慢というほかない。
菅内閣は学術会議問題で躓き、想定外の速さで退場する可能性が高まりつつある。

学術会議を見直す必要があるとの新たな主張の根拠として、自民党の甘利明衆院議員が提示した事項が論議を呼んでいる。
甘利氏は8月6日、自身のブログ「国会リポート」で次のように述べた。

「日本学術会議は防衛省予算を使った研究開発には参加を禁じていますが、中国の「外国人研究者ヘッドハンティングプラン」である「千人計画」には積極的に協力しています。

他国の研究者を高額な年俸(報道によれば生活費と併せ年収8,000万円!)で招聘し、研究者の経験知識を含めた研究成果をすべて吐き出させるプランでその外国人研究者の本国のラボまでそっくり再現させているようです。

そして研究者には千人計画への参加を厳秘にすることを条件付けています。

中国はかつての、研究の「軍民共同」から現在の「軍民融合」へと関係を深化させています。
つまり民間学者の研究は人民解放軍の軍事研究と一体であると云う宣言です。
軍事研究には与しないという学術会議の方針は一国二制度なんでしょうか。」

この指摘についてBuzFeed Japanのネット記事

日本学術会議が『中国の軍事研究に参加』『千人計画に協力』は根拠不明。『反日組織』と拡散したが…
がファクトチェックを行った結果を公表している。

同記事は

「日本学術会議の担当者はBuzzFeed Newsの取材に対し、中国の軍事研究への協力について「そのような事業、計画などはありません」と明確に否定した。
また、「千人計画」ついても「学術会議として、計画に協力したり、交流したりするようなことはしておりません」と同様に否定した。」

と明記している。

同時に同記事は、

「日本学術会議と中国の関係についていえば、中国科学技術協会との間に2015年に「協力覚書」を結んでいる。」

としているが、

「事務局によると「実際の事業は覚書が結ばれて以降、行われていないのが実態です」と語った。
そもそも学術会議の予算面の問題から、国際的な研究プロジェクトなどを実施
することは、中国以外の国ともできていないという。」

「つまり、軍事研究や千人計画以前に、学術会議として他国との間で「研究(計画)に協力」しているという事実がない、ということだ。」

と明記している。

甘利氏のブログでの記述は、
「日本学術会議が、人民解放軍の軍事研究と一体である中国の「外国人研究者ヘッドハンティングプラン」である「千人計画」に積極的に協力している」
というもの。

この指摘を背景に、「日本学術会議の見直し」論が提示されているわけだ。
しかし、甘利氏のブログでの記述が虚偽である疑いが濃厚になっているのだ。

既述の通り、任命拒否の問題と日本学術会議の見直しの問題はまったく別の問題。
任命拒否は法律違反、「法の支配」破壊の問題であり、日本学術会議をどのような組織にすべきかという問題とはまったく別個の問題だ。

さらに、BuzFeed Japn記事は、日本学術会議が中国の軍事研究や千人計画を含めて、学術会議として他国との間で「研究(計画)に協力」しているという事実がないことを明らかにしている。

この点について元検事で弁護士の郷原信郎氏は
「菅首相・推薦者名簿見ず任命決裁」と「甘利氏ブログ発言」で、日本学術会議問題は“重大局面”に!
で次のように指摘する。

「法的責任に関して問題となるのは、日本学術会議に対する「名誉棄損」の成否だ。」

「もし、前述の甘利氏のブログの記述について、日本学術会議の会長名で、名誉棄損罪での告訴が行われた場合、同会議が、独立して社会的評価を保護する必要がある機関なのか否かという観点から、告訴の受理の要否が真剣に検討されることになるであろう」

「重大なことは、菅首相が、6人の会員の任命見送りについて、誰がどのように判断したのかと、甘利氏のブログ発言とが関連している可能性があることである。

自民党の有力政治家である甘利氏のブログ発言が、その後、自民党内や政府内部での、日本学術会議の会員任命問題への議論に影響を与え、今回の任命見送りの背景になったとすれば、甘利氏は、日本学術会議に関するブログ発言について、一層重大な説明責任を負うことになる。」

菅内閣の対応は単に「頭が悪い」だけで済む問題でない。
名誉毀損の問題も重大だが、それ以上に「法の支配」の破壊は法治国家の根幹を崩壊させるもの。

発足間もない菅内閣ではあるが、内閣総辞職が求められる重大性を帯びるものだ。
菅内閣は所信表明を行わない初期から極めて重大な局面に立たされたといえる。


▼関連リンク
植草一秀の『知られざる真実』

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